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      <title>ブレークスルー成功哲学</title>
      <link>http://abundant-lives.com/success/</link>
      <description>あなたは、事業・仕事で成功したいのでしょうか？
それとも事業・仕事を含む人生で成功したいのでしょうか？
事業・仕事で成功をおさめても、家庭生活・家族関係・友人関係で破綻し、
意にそぐわず不本意な毎日を送っておられる方も少なからずおられます。
事業・仕事も含む人生で成功するための基本原理を発信します。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 17 Nov 2007 06:05:09 +0900</lastBuildDate>
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      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>「生きがい論」からのメッセージ(9) 重病やハンディキャップに苦しむ方へ(5)</title>
         <description><![CDATA[<strong>【チャレンジャーとしての自覚(5)】<br><br>

【病気を乗り越える力】</strong> <br><br>

<p><strong>このように、重い病気やハンディキャップを持つ方々も、催眠状態で人生のカラクリに気付くことができると、「全ては自分の成長のために自分で選んだ」と答えるの<br>です。</strong><br><br>

それらの典型的な証言を、いくつかご紹介しましょう。<br><br>

Ｄ　その光に聞いてみてください。
「私は、どうして今回、この病気を持って生まれてきたんでしょうか？」
Ｃ　「お前が自分で選んだからだ」って、言ってます。<br><br>

Ｄ　それでは、
「何故私は目が悪いんですか？　目が悪いことも、何か意味があるんですか？」
って尋ねてみてください。
Ｃ　「もっと心で考えろ、心の目を開け」と。<br><br>

Ｄ　「それは、一体どういうことですか？」
Ｃ　「お前だったら、自分で考えれば、自ずと判るはずだ」
と言っています。
Ｄ　「私は今回、目が悪い人生を、自分で選んで生まれてきたんですか？」
Ｃ　「そうだ」と。<br><br>

Ｄ　光に向かって聞いて下さい。
「私の病気の理由は、何なのでしょうか？」
Ｃ　「我慢すること……耐えることを学ぶこと」<br><br>

Ｄ　「私はこのままずっと、この病気に耐えていかなくてはいけないんですか？　
この病気は、いつか治るんでしょうか？」
Ｃ　「治らないが、ひどくもならない」
Ｄ　「この病気に耐えることに、何か意味があるんですか？」
Ｃ　「強くなる」<br><br>

Ｄ　「私が自分で、こんな病気になることを選んで生まれてきたんでしょうか？」
Ｃ　「そう、そうだ」
Ｄ　「そうまでして、私は強くなる必要があったんですか？」
Ｃ　「そうだ」って。<br><br>

<strong>Ｄ　「どうして私は、そうまでして強くならなくてはいけなかったんですか？」
Ｃ　「人に優しくできるようになるためだ」</strong><br><br>

Ｄ　「人間は、何のために生きているのでしょうか？」
Ｃ　「愛するため」だそうです。
Ｄ　もう一度、光さんに聞いてみてください。
「私は何故、今回の人生で、病気になっているのでしょうか？」と。
Ｃ　……今までニコニコしていた光が、急に真剣な感じになって、何かおっしゃっています
……「お前は、病を知ることによって、幸せの意味を学ぶのだ」と。</p><br>

<p><strong>最後の証言にあるように、私たちは、時には、わざと病を知ることによって、幸せの意味を学んでいるのです。<br><br>

このような人生観を持つことにより、私たちは、これまでは「嫌なもの」「不運な<br>もの」「不幸をもたらすもの」としてとらえていた病気やハンディキャップに、深い<br>意味や価値を与えることができるようになることでしょう。</strong></p><br>


<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　
]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/9_5.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ハンディキャップ</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">退行催眠</category>
        
         <pubDate>Fri, 02 Nov 2007 06:54:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きがい論」からのメッセージ(10) まもなく死を迎えられる方へ（死とは…）</title>
         <description><![CDATA[<strong>まもなく死を迎えられる方へ（死とは…） 
　　　　　…ふるさとに帰る…</strong> <br><br>

<p>人間の肉体には、限界があります。<br><br>

したがって、意識体としての私たちが永遠でも、必ず、肉体の方は、定期的に取り替えなくてはならなくなります。<br><br>

それが、この物質界でいう「死」という現象です。</p><br>

<p><strong>つまり、「死」というのは、肉体をいう「器」の交換、リフレッシュ作業であり、その<br>ついでに、そこまでに解いた問題と解き残した問題を確認し、どうなせなら新しい<br>問題集に作り替えてまた生まれてくる、ということにすぎません。</strong></p><br>

<p>まもなく死を迎える時、このような仕組みを知っていれば、どれほど心が安らぐことで<br>しょうか。<br><br>

<strong>「死ぬ」という事は、ただ<br><br>

「肉体」という衣服を脱いで着替えるだけに過ぎないこと、
次にどのような衣服を着るかは、自分で選択できる事、
先立った懐かしい人々との再会が待っていること、
物質界に残す家族はやがて自分が迎えに来ればよいこと<br><br>

を知っていれば、死の瞬間を、どんなに大らかな気持ちで待つことができる<br>でしょうか。</strong></p><br>

<p>ここで、ガンであることが明らかになった、日本人の中年女性の証言を、ご紹介しましょう。<br><br>

Ｄ　あなたの上の方に、何か見えますか？
Ｃ　光が見えます。<br><br>

Ｄ　その光に向かって、尋ねてみてください。
   「私の今回の人生の目的は、何でしょうか？」と。
Ｃ　「愛すること」だそうです。なんか、立派な存在の人が、そうおっしゃってます……。<br><br>

Ｄ　「愛すること、というのは、どういう意味なんでしょうか？」
Ｃ　やはり、「それは愛することだ」って……。<br><br>

Ｄ　「もっと具体的に判るように教えて下さい」
    と、光にお願いしてみて下さい。
Ｃ　「心を溶かしなさい……
もっともっと、ゆるめなさい……
まだ硬い……硬さを取りなさい……自分を解放しなさい
そうすれば、素晴らしいよ」って、おっしゃってます……
「あなたのわがままを抑えて、もう少し、大人になりなさい」って。<br><br>

Ｄ　「もう少し大人になるためには、どうしたらいいんですか？」
Ｃ　「毎日を明るく、子供たちのために生きなさい……
そうすれば、お前は、今回の人生は卒業ですよ」って、おしゃってます……
「頑張ってね、頑張れるよ」って……。<br><br>

Ｄ　その光さんに聞いて下さい。
   「私が今、ガンになっていることも、何か意味があるんでしょうか？」と。
Ｃ　「今回の人生は、お前は、ガンになる運命だったのだ」
   と、おっしゃっています……
    「ガンになることを通じて学ぶために、お前は今回、生まれてきたのだ……だから、それでいいのだ」って、おっしゃってます……
    「頑張ったね、頑張れるよ」って……
    「良かったね、それでいいんだよ」って……
    「今回の修行は、もう少しだからね」って…
    「それまで、頑張りなさい」って……
    「でも、もうすぐ修行も終わるよ」って、そうおっしゃっています…<br><br>

Ｄ　え〜っ？　もうすぐ修行が終わるというのは、あなたが、もうすぐ死んでしまうということですか？
Ｃ　はい、そうみたいです……。（平然とした口調で）<br><br>

Ｄ　それでは、光に向かって、お願いしてみて下さい、
「私が今回の人生を全うして、死んでいく時の場面を、ちょっとだけ見せていただけませんか」と。<br><br>

Ｃ　あ……穏やかに、ニコニコ笑って、「ありがとう」って言って、
人生を終えようとしてます……。
Ｄ　まわりに、だれかいますか？
Ｃ　はい、家族みんなと、父と母、兄と妹……それに叔母も……。<br><br>

Ｄ　その人たちに囲まれて、あなたは、どんな気持ちで死んでいきますか？
Ｃ　はい、とっても幸せです……「ありがとう」って言う気分です……。
Ｄ　苦しみはありますか？
Ｃ　いいえ、苦しみなんか、ありません。
Ｄ　それは、あなたが何歳になった時に起こる出来事ですか？
Ｃ　＊＊歳。<br><br>

Ｄ　それでは、その＊＊歳で死んでいく未来のあなたから、
今のあなたに向かって、何かメッセージをもらってみて下さい。<br><br>

Ｃ　「これでいいんだよ、良かったね」って……
「頑張ったね」って……
「次の人生では、丈夫な体で元気に生きる人生を計画するからね」
って言ってます……
なんか、死んだあとの私って、次の人生に向かって、とっても張り切ってます。<br><br>

Ｄ　死んだ後は、どうなるんでしょうか？
Ｃ　死んだら、全てのことが判って、クリアになって、とっても、
「ありがとう」っていう気分です……
　　私は空の上に浮いて……あ、光が現れて、「卒業したね」って、おっしゃってます。<br><br>

Ｄ　それでは、その光さんにお願いしてみて下さい。
「私の、次の人生を、少しだけ見せて下さいませんか？」と。
あなたは、次の人生では、どんな人になって生まれていますか？<br><br>

Ｃ　はい……あ、見えてきました……いかつい体の女性で、
何か、オフィスのようなところで仕事をしています。
夫や息子、娘も、また身近に生まれ変わって、私をサポートしてくれています。<br><br>

Ｄ　それでは、その未来の人生でバリバリ働いているあなたから、
今、ガンで苦しんでいるあなたに、何かメッセージをもらってみてください。<br><br>

Ｃ　「メソメソしないで、頑張りなさい」って言ってます……
「次の人生では、こんなに元気な私があなたなんだからね」って……
「だから、今は頑張りなさい」って……
「人生は捨てたものじゃないよ」って言ってます。<br><br>

Ｄ　それでは、その未来のあなたに近づいて、握手をしてみて下さい。
できますか？
Ｃ　はい……あ、凄いエネルギーです。力強いエネルギーを感じます。
「私がエネルギーをあげるから、これで頑張って生きられるよ」って……
「じゃあね！」って、言ってます。
次の人生の私って、さっぱりした性格みたいです。<br><br>

Ｄ　それでは、また光に向かって尋ねてみてください。
「なぜ、私は何度も生まれ変わっているのですか？」と。
Ｃ　「修行するため」だそうです。<br><br>

<strong>Ｄ　「人間は、素晴らしい人生を送るためには、どうすればいいのですか？」
Ｃ　「忍耐すること、明るく生きること、愛すること、奉仕すること」だそうです。</strong></p><br>

<p><strong>この証言からもわかるように、「死」とは、この物質界での修行を終えて、故郷に<br>帰って行くことです。<br><br>

死を迎える時には、「さて、次はどんな人生を計画してみようかな」と、洋々たる<br>未来を想像しながら、夢一杯で死んでいけばいいのです。</strong><br><br>

<strong>実際に、この女性はホスピスに入れられ、二〇〇二年の秋に、光の世界へ還って行かれましたが、その直前にお見舞いに伺った私に対して、「お医者さんが、どう<br>して私がこんなに明るいのか、不思議がっていらっしゃるんですよ」と、笑いながら話して下さいました。</strong></p><br>

<p>例えば、マイケル・Ｂ・セイボム博士（エモリー大学教授）は、臨死体験をした患者たちの、次のような言葉を紹介しています。<br><br>

「<strong>自分が行くところがどこか、もう私には判っていますから、死ぬことについて、もう思い悩む必要はないんです。<br><br>

　死ぬことは、こわいことではありません。
　死ぬことは、もう苦痛じゃないんですよ。
　死は苦しいことではありません。<br><br>

　私には、自分の行く先が判っていますし、まだ人生が残っているんです。
今は、前よりもずっと、楽しく生きていますよ。</strong>」と</p><br>


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         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/10_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">死</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Sat, 03 Nov 2007 07:08:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きがい論」からのメッセージ(11) 死とは…ふるさとに帰る(2)</title>
         <description><![CDATA[<strong>死とは…ふるさとに帰る(2) <br><br>

　      逝くべき時</strong><br><br>

<p>さらに、思わぬ病気・事故・災害などでなくなり、どのように不運で見える人であっても、<br>残された家族たちに対して、<br><br>

「<strong>自分の不憫を嘆きすぎないで欲しい。これはこれで順調なのだから</strong>」<br><br>

と伝えてくれます。</p><br>

<p>愛する人をなくして苦しむ人々を救う活動をしている、グッゲンハイムたちの調査の中から、そのような証言をご紹介しましょう。<br><br>

見ると、父が立っています。廻りは霧が立ち込めているのに、父のいるところだけ、はっきりと見えるんです。<br><br>

ちゃんとした普通の体のように見えて、とても元気そうでした。
色彩がとても澄んで、鮮やかでした。<br><br>

父に近づいたとき、いきなり私の心の底から、ありとあらゆる感情が突き上げてきました。
父を憎んでいました。恨んでいました。<br><br>

「なんで私を残して死んじゃったのよ！」<br><br>

と怒鳴り散らしながら、父の胸をガンガン叩きました。<br><br>

二、三分もそうやって叩いていたでしょうか。
そのあと、父は私を強く抱きしめてくれました。
父の腕の感触を、はっきり感じました。
それからとても穏やかな声で、やさしくこう言われました。<br><br>

「いまは、ここにいるじゃないか。さあ、話をしよう。
その時が来たんだよ。あの時が、自分の逝くべき時だったんだ」</p><br>

-------------------------------------------------<br><br>

<p>先立った故人が、嘆き悲しむ家族のところに現れて、<br><br>

「<strong>あの時が逝くべき時だったのだ</strong>」<br><br>

と教えてくれたという体験は、数多く報告されています。</p><br>

<p>しかも、二つ目の証言にあるように、<br><br>

「<strong>お前を成長させるために、私は早い死を選んだのだ。
私の死を乗り越えて、大いに学び、強くなってくれ</strong>」<br><br>

という意味の発言をして、自分の死の目的が家族を成長させるためであったことを明確に告げてくれることも、少なくありません。</p><br>

<p><strong>したがって、人生では、「死ぬべき時」を定めたうえで生まれていることが多く、特に、自分の死によって周囲の人々を成長させるために、わざわざ若くして亡くなる人生を計画して生まれることも多いようです。</strong></p><br>

<p><strong>「まだまだ長生きする予定だったのに、うっかり死んでしまった」<br><br>

ということはなく、死ぬべきでない場合には何故か奇跡的に助かり、死ぬべき時には、何故か不運にも（実は予定通りなのですが）死んでしまうものなのです。</strong></p><br>

<p><strong>このように、「死」でさえも順調に予定通りの出来事だとすれば、人生で直面するあらゆる試練も、やはり現れるべき時に出現するはずです。<br><br>

もちろん、試練だけではなく喜びも、然るべき時に現れ、私たちの人生を癒したり<br>彩ったりしてくれます。</strong><br><br>

<p>したがって、<br><br>

「<strong>喜びも試練も、全てのことには必ず意味が秘められているのだ</strong>」<br><br>

と考えることが、人生を投げ出さないで、より価値あるものにしていく秘訣であると言えるでしょう。</p><br>


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　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/11_2.html</link>
         <guid>http://abundant-lives.com/success/2007/11/11_2.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">対応催眠</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Sun, 04 Nov 2007 21:14:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きがい論」からのメッセージ(12) 死とは…逝くべき時(2)</title>
         <description><![CDATA[<p>さらに、思わぬ病気・事故・災害などでなくなり、どのように不運で見える人であっても、<br>残された家族たちに対して、 <br><br>

「<strong>自分の不憫を嘆きすぎないで欲しい。これはこれで順調なのだから</strong>」<br><br>

と伝えてくれます。</p><br>

----------------------------------------------------------<br><br>

<p>ふと気がついたら、ベッドの向こうに、亡くなった父が立っているんです。
父は、最後に見た時のまんまでした。
何も変わっていませんでした。<br><br>

「元気なんですか？」
と聞いたら、
「ああ」
って。<br><br>

「本当に元気なんですか？」
って、もう一回聞いたら、今度は、
「ああ本当にそうだよ」
というように、うなづきましたっけ。<br><br>

父が亡くなった時、僕は十三歳でした。
それから何年間も、父に置いていかれたことをどう考えていいか判らなくて、<br>とても中途半端な気持ちでした。<br><br>

肺炎でいきなり死んでしまったから、僕の中に、答えの出ない疑問が一杯残ってしまったんですね。<br><br>

だから父に聞いたんですよ、<br><br>

「何故、僕を置いて死んでしまったんです？
何故、さよならも言わずに行ってしまったんです？」って。<br><br>

すると、父はこう答えました。<br><br>

「お前は、独立した強い人間にならなきゃならん。
何がおきようと、人生と正面切って向かい合える人間に、ならなきゃならんのだ。
お前がそういう人間に成長していくのを、お父さんの存在が邪魔しているような気がしたんだよ」</p><br>

----------------------------------------------<br><br>

<p><strong>先立った故人が、嘆き悲しむ家族のところに現れて、
「あの時が逝くべき時だったのだ」
と教えてくれたという体験は、数多く報告されています。</strong><br><br>

<strong>しかも、二つ目の証言にあるように、<br><br>

「お前を成長させるために、私は早い死を選んだのだ。
私の死を乗り越えて、大いに学び、強くなってくれ」<br><br>

という意味の発言をして、自分の死の目的が家族を成長させるためであったことを明確に告げてくれることも、少なくありません。</strong></p><br>

<p><strong>したがって、人生では、「死ぬべき時」を定めたうえで生まれていることが多く、<br>特に、自分の死によって周囲の人々を成長させるために、わざわざ若くして亡くなる人生を計画して生まれることも多いようです。</strong></p><br>

<p><strong>「まだまだ長生きする予定だったのに、うっかり死んでしまった」ということはなく、死ぬべきでない場合には何故か奇跡的に助かり、死ぬべき時には、何故か不運にも（実は予定通りなのですが）死んでしまうものなのです。<br><br>

このように、「死」でさえも順調に予定通りの出来事だとすれば、人生で直面する<br>あらゆる試練も、やはり現れるべき時に出現するはずです。<br><br>

もちろん、試練だけではなく喜びも、然るべき時に現れ、私たちの人生を癒したり<br>彩ったりしてくれます。<br><br>

したがって、<br><br>

「喜びも試練も、全てのことには必ず意味が秘められているのだ」<br><br>

と考えることが、人生を投げ出さないで、より価値あるものにしていく秘訣であると言えるでしょう。</strong></p><br>

<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　
]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/12_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Mon, 05 Nov 2007 06:08:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人間関係に悩んでいる方へ(1) 【愛の修行(1)】</title>
         <description><![CDATA[　　　<strong>【愛の修行】</strong> <br><br>

<p>ある時、ブライアン・Ｌ・ワイス博士（元マイアミ大学教授）は、<br><br>

「<strong>意識体（魂）たちがみな、中間生に留まろうとせずに、この物質界に生まれてくるのには理由があるのですか</strong>」<br><br>

と、指導役の意識体に問いかけてみました。</p><br>

<p>すると、被験者の口を借りて現れた指導役の意識体は、このように教えてくれたそうです。<br><br>

「<strong>我々は、自分が学ばなければならないものを選んでいる。<br><br>

我々は、人間関係についてもっと学ぶ必要がある時に、この物質界に戻ってこなければならない。<br><br>

人間関係について学び終えた者のみが、もっと先へと進んでいくのだ</strong>」</p><br>

<p><strong>つまり、私たちが物質界に生まれてくる大きな理由の一つが、「人間関係」という試練を乗り越えて成長するためだということが判ります。</strong></p><br>

<p>臨死体験者や退行催眠の被験者たちの証言によれば、意識体の状態に戻ってしまうと、思ったことや感じたことが、廻りの意識体たちに、瞬時に全て伝わってしまいます。<br><br>

<strong>自分を飾ることも、偽ることもできず、誰もが丸裸です。
そのため、隠し事ができない反面、相手の気持ちを推察する必要もありません。</strong><br><br>

したがって、生まれる前の状態に留まっている限り、「人間関係」という試練は生じないのです。</p><br>

<p>ところが、肉体を持ってこの物質界に生まれてくると、声を発して会話をしたり、文字を書いたり、手振り身振りを使わなければ、お互いの意思や気持ちを相手に伝えることができません。<br><br>

しかも、たとえ言葉を交わして意思を伝え合ったとしても、「自分の言いたいことが本当に伝わっているだろうか」とか、「あの人はこう言っているが、本当にそう思っているのだろうか」というふうに、相手に対して疑念が生まれたり、悪い方に推察して勝手に腹を立てたりしてしまうものです。</p><br>

<p><strong>その時に私たちに問われるのが、「相手を信用することができるか」「たとえ信用した結果、うまくいかなかったり、裏切られたとしても、相手を責めないで許すことができるか」という、「愛」の水準です。</strong><br><br>

相手を無心で信用できない人、相手の悪意のない失敗を許せない人は、いつも他人を疑ってかかりますから、どうしても人間関係が悪くなって人々が敬遠しはじめ、孤独におちいってしまいます。<br><br>

<strong>逆に、たとえ相手が悪意を持って自分を傷つけたとしても許すことのできる人は、無条件の愛を備えた人であり、まわりには多くの人々が集まってくることでしょう。</strong></p><br>

<p>したがって、人間関係という貴重な試練を経験し、自分の「愛の水準」を確かめ、高めていくためには、肉体を持ってこの物質界に生まれてくるしかありません。<br><br>

だからこそ、私たちは、わざわざ何度も何度も肉体を持って、物質世界に、「人間関係の修行」つまり「愛の修行」をするためにやってくるのです。</p><br>

<p>このように、人間関係に悩み苦しんでいらっしゃる方も、人生の仕組みを知ることによって、新たな視点から関係を見直すことができます。<br><br>

<strong>親子や夫婦、親友や宿敵などの人間関係にはすべて深い意味があり、それらの人々は、過去の何度もの人生を、深く関り合いながら修行してきた、いわば「学友」たちなのです。<br><br>

しかも、現在お互いに反目し合っている宿敵でさえも、「今回の人生では敵同士に分かれて、お互い許し合うことに挑戦しよう」と、約束して生まれてきているのです。<br><br>

とりわけ。「不思議な位に嫌い合っている関係にある相手」こそが、今回の人生に生まれてきた大きな課題を示すことが、少なくありません。</strong></p><br>

<p>退行催眠をかけてみると、「何故その人といつも対立し、ケンカしたり、お互いに足を引っ張り合って、傷つけ合ってしまうのか」という理由が、次々に明らかになります。<br><br>

<strong>そして、「その嫌いな人を許すことこそが、今回の人生の大きな目的の一つである」ということが、必ず判ってくるのです。</strong></p><br>

<p><strong>研究者たちの報告は、この物質界で出会うあらゆる人々を愛し、何事も許す大きな心の大切さ、人間性を磨くことの重要性を強調しています。</strong><br><br>

たとえば、ホイットン博士のもとで退行催眠を受けた男性は、ある人生を終えた時、指導役の意識体たちから、このように教えられたことを思い出しました。<br><br>

「お前は、自分の知識の豊かさや知的能力の高さに、うぬぼれている。
しかし、人間性こそ、まず優先して磨かれなければならない。弱く愚かになる必要はないが、柔和で控えめな人間になるように努力しなさい」</p><br>

<p>被験者が数多くの人生の記憶をたどるのを聞きながら、ホイットン博士は、どのようにして私たち人間が、幼稚で自己中心的な人格から、青年期の人格へ、そして円熟した人格へと成長していくのかを、
思い知らされたと言います。<br><br>
　
その成長と進歩の程度は、その意識体が、「自分を磨いて成長したい」という、強い意志を持っているかどうかによって、決まるのだそうです。</p><br>


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　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/1_1_5.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">退行催眠</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Tue, 06 Nov 2007 02:59:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人間関係で悩んでいる方に(2) 　出会うべき「縁」(2)</title>
         <description><![CDATA[<p>かつて私は、大学における私の講義で、「人間の価値観」について教える際に、「死後の<br>生命」や「生まれ変わり」の科学的研究成果を、ほんの三十分ほど使って、簡単に紹介してみたことがあります。 <br><br>

もちろん、決して「信じなさい」という訳でなく、「このような研究が存在することを知った時、あなたの価値観はどのような影響を受けますか？」と、問いかけてみたのです。</p><br>

<p>すると、ほとんどの学生が、「人生を前向きに生きていけるような、大変な影響を受けた」という、不思議なレポートを書いてくれました。<br><br>

<strong>とりわけ、彼ら若者たちも、「ソウルメイト」という言葉に、大いに感動してくれた<br>ようなのです。</strong><br><br>

そこで、大学生たちが、授業中に書いてくれたレポートの中から、人間関係について触れているものを、幾つかご紹介しましょう。</p><br>

<p>私は今迄、人生の仕組みについて、無関心でした。<br><br>

興味以前に、そんなことは非科学的で馬鹿らしい話だと、決めつけていました。<br><br>

実際に私は、飯田先生と同じような、典型的な無宗教の生活を送っています。<br><br>

そんな訳で、今日も最初は否定的に聞いていたのですが、聞いているうちに、次第に否定から肯定の気持ちになってしまいました。<br><br>

どうしても、認めざるを得なくなってしまったのです。<br><br>

少し新しい情報が頭に入っただけなのに、こんなに考えが変わるというのを実感しました。<br><br>

何故価値観が変わったかというと、<br><br>

「<strong>配偶者や両親などは、過去に何度もの人生で深くかかわりあったソウルメイトで<br>ある</strong>」<br><br>

という話のところで、もしも嫌な、自分とは性格が合わない人がいても、このような考えのもとで付き合っていけば、うまくやれそうに思ったのです。<br><br>

先生もおっしゃったように、困難も、自分が計画したのだと思えば、そんなに悩まなくてすむと思うのです。</p><br>

<p>今日の授業を聞いて、今までの自分が、人生をとても気楽に生き過ぎたような気がしてならなくなった。<br><br>

自分のことしか考えず、他人の迷惑など気にもせず、他人がやって欲しくないことも平気でやってきた。<br><br>

本当に、他人の役に立っていることはとても少なくて、恥ずかしくなった。<br><br>

本当に、人生はこのままでいいのかと聞かれると、私は「いいえ」と答えたくなって<br>しまった。<br><br>

「もっとやるべきことがある、いや、しなければならないことがある」、<br><br>

と私はそう感じた。</p><br>

<p>今日のこの授業が私を変えたといっても、過言ではない。<br><br>

今日この場にいて、先生の話を聞いて影響を受けたのも、生まれる前から決まっていて、私の価値観をつくるための大切な場であったと考える。<br><br>

価値観とは、不思議なものである。</p><br>


<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_2_4.html</link>
         <guid>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_2_4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ソウルメイト</category>
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         <pubDate>Wed, 07 Nov 2007 05:17:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>【思い通りにならないからこそ価値がある】(1)</title>
         <description><![CDATA[<strong>何をやってもうまくいかない方へ<br><br>

【思い通りにならないからこそ価値がある】</strong><br><br>

<p>ヘレン・ウォンバック医師の被験者のなったある技術者は、催眠状態で、生まれる前の記憶を次の様に証言してます。<br><br>

「私は、本当に気が進みませんでした。
制限された状態になりたくありませんでした。
小さな閉じ込められた体の中にいるよりも、中間生（生まれる前の世界）にいたかったのです。
でも、私は、生まれなければなりませんでした。
何というか、肉体での生活は楽でないものですから」</p><br>

<p>この証言から判るように、生まれるということは、「制限された状態」になること、つまり「小さな体の中に閉じ込められた状態」になることを、意味しているようです。<br><br>

「肉体に入る」という状態は、楽なものではないのだということは、ある日本人が催眠状態で述べた、次の様な証言とも一致しています。<br><br>

Ｄ　「両親からは、何を学べばいいんですか？」
Ｃ　「<strong>思い通りにならない……自分の思い通りにならないものだということを、学ぶ…… </strong>」</p><br>

<p> <strong>「生まれてきたら、何も思い通りにならない」という事実……
この言葉こそが、私たちに、「この物質世界で生きることの意味」を、端的に教えてくれているのではないでしょうか。</strong><br><br>

何故、そのような素晴らしい環境を捨て、「何も思い通りにならない」というこの物質界へに、わざわざ生まれてきたのでしょうか。</p><br>

<p>それは、その様な素晴らしい環境を捨ててまで、この「何にも思い通りにならない物質世界」に生まれてくるほどの、明らかな必要性があったからに違いありません。<br><br>

つまり、「思い通りにならないこと」こそが、この物質界が生み出す価値の源ではないでしょうか。</p><br>

<p> <strong>私たちは、「思い通りにならない」という価値ある現実の中で、いかに正しく苦悩しながら生き、普段は思い通りにならないからこそ時おり出会うことができる「願いが叶うという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。</strong></p><br>

<p>私たちは、わざわざ、「思い通りにならない」という状況を体験し、この物質正解で人間として生きる妙味を味わうために、自分の意志で、生まれてくることを選んだのです。</p><br>

<p>例えば、修行僧が山寺にこもったり、修道女が修道院に入るのは、制約された自由と厳しい戒律を通じて自分を磨き、神仏に近づくための悟りを開こうとするからです。<br><br>

自分を磨くという行為は、自分の意志で自由に行動できる俗世間で生活する限り、なかなか十分には実践できません。<br><br>

だからこそ、自分を短期間で大いに高め、著しく成長させたいと志す修行者は、あえて厳しい環境に身を置くことによって、自分を磨く作業に集中できるよう「自分自身を追い込む」のです。</p><br>

<p><strong>それと同じように、私たちはみな「強い成長願望を持つ意識体」であり、自分の意志で地球という研修センターを訪れ、わざと自分自身に「思い通りにならない」という物理的環境を与えながら、自分を磨いているのではないでしょうか。</strong><br><br>

自分から求めて訪れてきた「<strong>思い通りにならない物理的環境</strong>」の中で、生まれる前に自分自身で用意をしておいた<br><br>

「<strong>人生という名の問題集</strong>」<br><br>

を解いているのが、私たち人間の姿なのです。<br><br>

<p><strong>私たちは、何故生まれてくるのか……それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのであり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。</strong></p><br>


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]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/1_10.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
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         <pubDate>Thu, 08 Nov 2007 05:10:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>【思い通りにならないからこそ価値がある】(2)</title>
         <description><![CDATA[<strong>何をやってもうまくいかない方へ<br><br>

【思い通りにならないからこそ価値がある】(2)</strong> <br><br>

<p>私たちはみな「強い成長願望を持つ意識体」であり、自分の意志で地球という研修センターを訪れ、
わざと自分自身に「思い通りにならない」という物理的環境を与えながら、自分を<br>磨いているのではないでしょうか。<br><br>

<strong>自分から求めて訪れてきた「思い通りにならない物理的環境」の中で、生まれる前に自分自身で用意をしておいた<br><br>

「人生という名の問題集」を解いているのが、<br><br>

私たち人間の姿なのです。</strong></p><br>

<p><strong>私たちは、何故生まれてくるのか……<br><br>

それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ<br>生まれてくるのであり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。</strong></p><br>

<p>これまで、あなたは、「人生は、思い通りになればなるほど価値がある」と、誤解しながら<br>生きてきませんでしたか？<br><br>

<strong>このように、「思い通りになればなるほど価値がある」という大前提で生きるという<br>ことは、常に「思い通りにならないこと（不運・失敗・挫折・トラブル・病気・死など）」に出会わないように逃げ回り、それらに見舞われてしまうことにビクビクしながら<br>生きることになってしまいます。</strong><br><br>

しかも、「どうすれば、思い通りになるだろうか」と欲望ばかりに労力を使い果たし、いざ「思い通りにならない」という事態に見舞われた時には、がっかり落胆してしまい、もう復活する余力が残っていないということにもなりかねません。<br><br>

何故なら、「思い通りになればなるほど価値がある」という生き方の場合には、「思い通りにならないことは無価値」であるため、うまくいかないことに直面する度に、「ああ、また無価値なことに時間・労力・お金などを浪費してしまった」という、喪失感・疲労感に襲われるだけだからです。</p><br>

<p><strong>しかし、本書のように、「思い通りにならないからこそ価値がある」という人生観を<br>採用すれば、そのような喪失感・疲労感に襲われることはありません。<br><br>

人生では、数々の「思い通りにならないこと」（試練）が現れてくるのが当たり前で<br>あり、それらの「思い通りにならないこと」こそが、人生に価値を与えているのだと<br>考えるためです。</strong></p><br>

<p><strong>このような「ブレイクスルー思考」さえ身につければ、どのような「思い通りにならないこと」が起こったとしても、「よし、予定通り順調に、試験問題が現れたぞ。さあ、どのように対処して、高得点で解き終えてやろうかな」などど、余裕を持って受け入れることができるはずなのです。</strong></p><br>


<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_11.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Sat, 10 Nov 2007 05:48:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>何をやってもうまくいかない方へ(1)</title>
         <description><![CDATA[<strong>【意味が現象に優先する】</strong> <br><br>

<p>これまでに解説してきたように、<strong>人生というのは、「自分が自分に与えた、自分にとって最適な問題集」です。</strong><br><br>

<strong>つまり、「人生では、まず求められる価値（学ぶべき課題）が存在し、その価値を<br>身に付けるために最適な現象（喜びや試練などの経験）が生じてくる」というわけです。</strong><br><br>

この原則を、「意味が現象に優先する」という、私の言葉でご説明しましょう。</p><br>

<p><strong>「人生では、まず全てのことに意味（学びの材料）が存在し、その意味を実現化するために最適な現象が生じてくる」と仮定すれば、世の中に、マイナスの物事など<br>存在しなくなるのです。</strong><br><br>

例えば、ある人が失恋したとします。その場合、「失恋」という現象を受け入れ、自分自身に納得させる仕組みについて、次の二通りの解釈が成り立ちます。</p><br>

<p><strong>解釈１（プラス思考）</strong><br><br>

自分は、今回、たまたま運が悪く失恋した。
しかし、ふさぎこんではいけないので、どうせなら失恋したことも「これで良かったのだ」と<br>受け止め、そこから大いに学ぼう。
そうすれば、失恋も、自分にとってプラスにすることができる。
あの人に失恋することによって、これから、もっと良い人に出会えるかもしれないのだ。</p><br>

<p><strong>解釈２（ブレイクスルー思考）</strong><br><br>

自分は、今回、生まれる前に自分で計画しておいた予定通りに、順調に、失恋した。<br><br>

それは、人生のこの時期・この段階で、「異性関係」について大いに学ぶように人生計画を立てていたからであり、その為に最適な現象として、「失恋」という「試練」が生じてきたのだ。
しかも、失恋する相手がその人であったということも、大きな意味があるはずだ。<br><br>

自分にとって、人生のこの時期に、その人に対して失恋するという体験が、どうしても必要だったのだ。そして、予定通り順調に、その体験をすることができたのだ。
これからは、順調に、その体験を生かしていけるはずだ。</p><br>

<p>これら二つの解釈は、似ているようでいて、実は本質的に、全く異なる解釈です。<br><br>

<strong>まず、解釈１は、単なるプラス思考にすぎず、「もともと意味がなかった現象に、後から自分で意味を見出しながら生きよう」とするので、そこに無理が生じてきます。<br><br>

よほど悟りを開いた、精神力の強い人でなければ、もともと意味のない偶然な<br>失敗・挫折・不運の全てに意味を見出すことなど、とうてい不可能です。</strong><br><br>

しかも、「プラス」という言葉を用いるということは、その対極にある「マイナス」の存在を認めることであり、「人生では、マイナスの現象（意味のない失敗・挫折・不運）が生じることも<br>あり得るのだ」という、辛い現実を、無意識のうちに認めることになってしまいます。</p><br>

<p>これに対して、解釈２は、私が本書で提案する「<strong>ブレイクスルー思考</strong>」です。<br><br>

この解釈には、そもそも「マイナス」という観点が存在しません。
一見すると、どれほどマイナスのように思えることであっても、本当は全て予定通りに順調な、プラスの意味や価値を持っているという前提に立つのです。<br><br>

つまり、まず現象よりも先に、「人生のこの時期・この段階で、異性関係について学ぶ」と<br>いう意味が存在しており、その意味を実現化させるために最適な現象として、「失恋という試練」が発生してきた、と解釈するわけです。<br><br>

これが、「意味が現象に優先する」という、人生の基本原理です。</p><br>

<p>この場合、まず先に意味が存在しているので、それを実現化させるために生じてくる現象は、全て「予定通りに順調な現象」であり、「意味を実現化させるという価値」を伴なっていることになります。<br><br>

だからこそ、失恋という試練は、異性関係について学ぶために生じてきた素晴らしい現象であることに、間違いないのです。<br><br>

このように考えることができれば、人生から、マイナスの現象は全て消え去ってしまいます。</p><br>


<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/1_11.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">125)生きがい論からのメッセージ</category>
        
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">退行催眠</category>
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         <pubDate>Sun, 11 Nov 2007 05:38:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>何をやってもうまくいかない方へ(2)</title>
         <description><![CDATA[<strong>【成長度に応じた人生計画】</strong> <br><br>

<p>ホイットン教授は、催眠状態で人生の仕組みを思い出させる研究の中で、次のような事例を報告しています。<br><br>

ある被験者の女性は、こう語った。<br><br>

「私は、人生の途中でどのような試練が生じても、その試練に正面から向き合えるよう、<br>次の人生の計画をしています。<br><br>

私は意志が弱く、責任を回避することばかり考えています。<br><br>

でも、乗り越えるための障害を自分に与えるべきだということも、判っています。もっと強く、もっと精神性を高め、もっと成長することができるように、自分に試練を与えるべきなの<br>です。」</p><br>

<p>成長するためには、挑戦と試練が不可欠である。<br><br>

意識体として成長していくにつれて、人生が次第に難度の高いものになっていくのは、<br>まさにそのためのものなのだ。<br><br>

ここで重要なのは、<br><br>

「<strong>意識体として成長していくにつれて、もっと強く、もっと精神性を高め、もっと成長することができるような試練を自分に与えるため、人生が次第に難度の高いものになっていく</strong>」<br><br>

という結論です。</p><br>

<p><strong>このような研究成果は、人生というものが、自分の成長度に応じた、ほどよい難しさになる様に設計されるということを示しています。</strong><br><br>

つまり、まだ意識体としての学びの初期の段階にある人（いわば新入生）は、数学でいえば足し算・引き算といった難度の人生（あまり試練のない、安楽な人生）を計画します。<br><br>

やがて、意識体として成長していくにつれて、掛け算・割り算といった難度の人生、因数分解の難度の人生、微分・積分の難度の人生へと進んでいき、人生の中で出会う様に計画しておく試練も、より困難なものになったり、その数を増やしたりする訳です。</p><br>

<p>例えば、ある人は、催眠状態で、ウィリストン博士からの質問に対し、人生を「教室」に<br>たとえて説明しています。<br><br>

Ｄ　これまでに、地球で何回くらいの人生を経験したか教えて下さい。
Ｃ　三十二回です。
Ｄ　それはいつのことですか？
Ｃ　歴史上のあらゆる時代です。<br><br>

（中略）<br><br>

Ｄ　でも、苦しみ以外に何もなかったエジプトの人生から、一体何が学べるというんですか？
Ｃ　あのような辛い人生からは、学ぶことが沢山あります。
ええ、沢山……例えば、忍耐や辛抱など、数え上げたらきりがないくらいです。
ありふれた、つまらない人生のように見えますが、私たちは、そこから多くのことを学ぶの<br>です。<br><br>

<strong>Ｄ　あなたにとって、人生はどんなものに例えられますか？
Ｃ　そうですね、この世でいうと、教室のようなものとでも言ったらいいでしょうか。
それぞれの人生は、違う科目を習う授業のようなものなんですよ。
しかし、人生においては、教室で学ぶよりもずっと多くのことが学べます。
この世の教室とは、スケールが違いますからね。</strong></p><br>

<p><strong>この被験者が「それぞれの人生は、違う科目を習う授業のようなもの」だと答えているように、私たちは、夫々の学びの計画に応じて、その人生で経験すべき試練<br>（もちろん喜びも）の種類を決め、適度のレベルの挑戦になるように調整してから<br>生まれてきます。</strong><br><br>

したがって、この地球上では、例えば算数、国語、理科、社会などの様々な種類の問題集に、それぞれの人が挑戦しており、しかも、算数一つとっても、足し算・引き算のレベルから微分積分のレベルまで、各自の能力にとって最適な問題集を選んでいるという<br>訳です。<br><br>

<strong>だからこそ、ほかの人の問題集（人生）と自分の問題集（人生）を比べて、単純に<br>羨ましがってしまうのは、全く無益な行為なのです。</strong></p><br>


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　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_12.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">退行催眠</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Mon, 12 Nov 2007 07:04:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>何をやってもうまくいかない方へ(3)</title>
         <description><![CDATA[<strong>【地球という名の研修センター】</strong> <br><br>

<p>前述の事例では、ウィリストン博士が「これまで地球で何回くらいの人生を？」と尋ねていますが、これは、地球という星が、宇宙に無数に存在する研修センターの一つにすぎない<br>からです。<br><br>

「意識体として、地球にやってきてから、まだい一回目の人生だ」という新入生もいれば、「もう百何十回も生きて、卒業間際だ」という証言も出てくるため、地球上では、同じ時代に、それらの人々が混在していることが判ります。</p><br>

<p><strong>まだ新入生の意識体たちは、算数でいうと足し算・引き算レベルの、あまり苦労のない安楽な人生を計画します。<br><br>

しかし、それでも、小学校の低学年の子供にとって足し算・引き算が難問であるように、まだ人間として人生経験の少ない意識体にとっては、結構難しいのです。</strong><br><br>

そして、足し算・引き算レベルの人生を無事乗り切ることができると、今度はもう少し厳しい試練が増えてくる、掛け算・割り算レベルの人生を計画して挑戦します。<br><br>

その人生を見事に乗り切ることができれば、さらに高度な試練が次々と襲いかかってくる<br>ような、因数分解レベルの人生を計画します。<br><br>

それでも、その人は既にかなり多様な人生経験を積んできているため、頑張れば何とか<br>乗り越えることができるのです。<br><br>

<strong>そして、もう物質世界で人間として学ぶことがなくなる直前の、最終段階にある意識体（いわば卒業生）は、まるで卒業論文のような、もっとも過酷な試練を自分に与えながら生き、見事にその人生を生き切ることができれば、「人間」を卒業して、地球という研修センターを去っていきます。</strong><br><br>

地球を卒業したあとには、また、宇宙の各地に数多く存在する、他の研修センターに移っていくようです。</p><br>


<a href="http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/">飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）</a>
　]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/3_6.html</link>
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         <pubDate>Tue, 13 Nov 2007 07:07:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>自殺したいほど悩んでいる方へ</title>
         <description><![CDATA[<strong>【自殺した後の記憶】</strong><br><br>

<p><strong>人生が、自分で自分に与えた問題集だとすれば、人生で最も「してはいけないこと」が、その問題集を途中で投出し、捨ててしまうこと……つまり、「自殺」であることは明らかです。</strong></p><br>

<p>それでは、自殺すると、その後に、どうなってしまうのでしょうか？<br><br>

実は、催眠状態で、過去に自殺してしまった人生のことを思い出す人々も、少なくありま<br>せん。しかも、日本人も外国人も、思想信条に関係なく、同じ内容の証言をするのです。</p><br>

<p>その代表的な証言を、ご紹介しましょう。<br><br>

Ｄ　では、死の瞬間に進んでください。どんな死に方をしましたか？
Ｃ　自殺しました。
Ｄ　どうやって？
Ｃ　ビルの上から、飛び降りたんです。
Ｄ　十分に考え抜いた行動でしたか？
Ｃ　いいえ。衝動的に、飛び降りちゃったんです。<br><br>

Ｄ　どうして？
Ｃ　絶望を感じたからです。
<strong>Ｄ　死んだ後、どのような気持ちになりましたか？
Ｃ　しばらくは、何が何だか、判りませんでした。
光を求めて、渦潮の中をぐるぐる回っているような感じでした。
自らの命を絶ったことを、ひどく後悔してました。</strong><br><br>

Ｄ　どうやって、その混乱から脱け出したんですか？
Ｃ　両親の姿を見た（助けに来てくれた）からです。
Ｄ　お二人とも、すでにお亡くなりになっていたんですか？
Ｃ　はい。<br><br>

Ｄ　どうして、ご両親に会うと、混乱から脱け出せたんですか？
Ｃ　両親にあって、ようやく判ったんです…自分が何をしたのか、
自分がどんなに愚かな過ちを犯したのかということが。<br><br>

<strong>ようやく私は、自分が旅を続けている意識体であることを、理解したのです。
計画が、うまくいかなかったことを。</strong><br><br>

Ｄ　計画？　その人生における計画ですか？
Ｃ　そうです。
Ｄ　自殺した人の死後の状態は、誰でも同じような感じなのでしょうか？<br><br>

Ｃ　はい、大体のところは。人間は自殺するべきではありません。
<strong>自殺者は、自分がどれほど愚かな行為をしようとしているかということが、判って<br>いないのです。</strong><br><br>

Ｄ　どんな場合にも、決して自殺してはいけないのでしょうか？
Ｃ　「どんな場合にも決して」という言葉は、適当ではありません。
色々な状況があるからです。
でも、大抵の人は動揺や後悔、そして無常感・絶望感から、命を絶ってしまうのです。
そのような死に方からは、何も生まれません。<br><br>

Ｄ　自殺のせいで、次の人生に苦しみが継続されることはありませんか？<br><br>

Ｃ　それは、それぞれの意識体によって違ってきます。
一般的な法則は、ありません。<br><br>

Ｄ　では、全ての人にとって、状況は異なると？<br><br>

<strong>Ｃ　私たちは、一人一人、自分の人生に対する選択権を持っています。<br><br>

自分がどのような立場にいるかをよく理解していれば、もっとも学びやすい環境を選んで生まれていくことを選択するでしょう。<br><br>

人生を途中で投出したら、自分で選んだその教訓を、学ぶことができないのです。<br><br>

人生から逃げてしまっても、何も解決されません。<br><br>

逃げてしまっては、何一つ、解決されないのです。</strong></p><br>

<p>このように、自殺してしまうと、「意識体として肉体から離れたあと、誰も迎えに来てくれず、真っ暗闇の中に置かれて泣いていた」という証言が出てきます。<br><br>

<strong>他の死に方をした時には、すぐ「光」たちが迎えに来てくれたり、自分がまぶしくて温かい光に包まれていくのですが、自殺した場合に限って、この証言のように、<br>「光を求めて、渦潮の中をぐるぐる回っているような感じ」になってしまうのです。</strong><br><br>

<p>ただし、人間が自殺する理由は様々であるため、まずは、その動機が問われることになります。
例えば、江戸時代に主君の後を追って切腹したとか、戦争で敵兵に追い詰められて自ら命を絶ったとか、病気の苦しみで我を失って命を絶ったなど、やむを得ない、よほどの事情がある場合には、それなりの情状酌量が行われるようです。<br><br>

しかし、江戸時代に武士として切腹した記憶を持つ日本人は、催眠状態でそのことを思いだした時、自分の遺体から脱け出した瞬間に、「こんなことで命を絶ってしまうなんて、<br>なんとバカなことをしてしまったんだろう。ああ、もったいない」と、大いに後悔したことを思い出しています。<br><br>

例え、情状酌量の余地がる自殺だとしても、自殺そのものが「いけないこと」であるという<br>点には、変わりがないようです。</p><br>


飯田史彦 研究室へ ようこそ！（福島大学経済経営学類 教授）
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         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/post_14.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">自殺</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">生まれ変わり</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">前世療法</category>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">臨死体験</category>
        
         <pubDate>Wed, 14 Nov 2007 05:45:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>自殺したいほど悩んでいる方へ(2)</title>
         <description><![CDATA[<strong>【まだ生きていることの幸せ】(2)</strong> <br><br>

<p>実際に、夫をなくしたばかりの若い女性は、次のような体験を報告しています。<br><br>

夫がなくなった時は、それは辛かったです。
私たち二人の夢も、全部いっぺんに消えました。<br><br>

自分が真っ二つに切り裂かれて、この世のどんな薬もその痛みを止められない、<br>そんな感じでした。<br><br>

本気で自殺を考えたことも、二度や三度じゃありませんでした。
生きて息をしていることさえ、辛かったんですから。<br><br>

泣けて泣けてどうしようもない時、時々夫が、なぐさめに来てくれました。<br><br>

「いいんだよ、泣きなさい。君のためには泣いた方がいいんだから」
って言うんです。<br><br>

心配してくれるのがよく判ったし、泣きたいだけ泣いたあとは、大抵いつも抱きしめてくれました。腕にだきしめられるのを、実際に感じたんです。<br><br>

<strong>でも、自殺の方法を考え始めたりすると、いきなりお説教になるんです。</strong><br><br>

「<strong>そんなことしたって、何も解決しやしないよ。
自殺したって、苦しみはなくならないんだよ</strong>」って。<br><br>

部屋に閉じこもっていると、叱りつけられました。<br><br>

「<strong>こら、尻をあげろ。そんなところに座り込んで自分を哀れんでいたって、どうにもならないぞ。何もしないで、のらくろしてちゃだめなんだ？</strong>」<br><br>

私だって言い返しました。<br><br>

「何よ、言うのは簡単よ。
いいわよね、あなたは死んじゃったんだから。
あたしはまだ生きているの。
これから、一人で生きていかなきゃならないのよ！」<br><br>

すると夫は、こう言ってくれました。<br><br>

「<strong>そうだよ、君はまだ、生きているんだよ。
だから、生きている人間らしくしていなきゃ。
生きながら死んでちゃ、いけないんだよ。</strong> 」<br><br>

このご主人が強調してくれた、<br><br>

「<strong>きみはまだ、生きているんだよ。
だから、生きている人間らしくしていなきゃ。
生きながら死んでちゃ、いけないんだよ</strong>」<br><br>

という言葉は、私の大好きな言葉であり、いつも講演の最後にご紹介しています。<br><br>

まさに、人類の（とは言っても故人のことばなのですが）歴史に残る名言だと言える<br>でしょう。</p><br>


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         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_13.html</link>
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         <pubDate>Thu, 15 Nov 2007 05:39:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きがい」の神様、「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を(1)</title>
         <description><![CDATA[<strong>「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を <br><br>

【自分らしさの追及】</strong><br><br>

<p>ここで、ある臨死体験者が「光の存在」（指導役の意識体）から託してもらった、私たち人類への力強いメッセージをご紹介しましょう。<br><br>

「<strong>あなたがた人間は、自分が何者かを知る必要があります。<br><br>

人間は偉大で、強くて、力のある存在なのです。<br><br>

あなたがたは、地球に向かい、生命を発展させ、人類という名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気をもった方々なのです</strong>」</p><br>

<p>この言葉には、私が本書を世の中に発表しようと決心した、大きな目的の一つが込められています。<br><br>

それは、<strong>肉体を持って物質界に生まれる私たちの人生は、その最終目的が「修行」であり「自分で計画した問題集を解くこと」であっても、決して「辛いだけの苦行」ではないということです。</strong><br><br>

大切なことですので、もう一度、具体的な表現で繰り返しましょう。<br><br>

<strong>人生とは、「楽しみながら学ぶ修行」の場であり、決して、「辛い苦行」の場ではありません。</strong></p><br>

<p>一般に、宗教でいう「因果応報」「輪廻転生」というと、「人生とは、辛い苦行の場であり、<br>歯を食いしばって、全ての快楽と欲を捨てなければならない」といった、暗く厳しいイメージとしてとらえられてしまいがちです。<br><br>

しかし、本書でご紹介したような科学的研究を見る限り、確かに「必要以上の強欲」は捨てなければいけませんが、日々の生活や人生そのものについては、大いに楽しみ、創造的に生きるべきであることがわかります。<br><br>

人生を「辛い苦行」としてとらえてしまうと、毎日ひたすら瞑想ばかりで過ごしたり、何もかもを我慢して耐え忍んだり、他人との交流を絶って一人きりの世界にこもってしまうなど、<br>非創造的で、後ろ向きへの人生へとつながりかねません。</p><br>

<p>しかし、<strong>人生はむしろ「楽しみながら学ぶ修行」の場であり、多くの人々と出会い、大いに愛し合い、力を合わせ、無駄な殺生をしたり人に迷惑をかけたりしない範囲で、自分なりの趣味や娯楽を楽しみながら、計画しておいた課題を解いていけばよいのです。<br><br>

言い換えれば、人生とは、「自分らしさ」（アイデンティティ）の追求の場であり、様々な価値を創造しながら成長していく過程だといえます。</strong></p><br>

<p>「自分らしく生きること」は、私たち人間として与えられた、根本的な修行課題です。<br><br>

自分らしい趣味や娯楽を楽しむことは、決して否定するべきことではなく、むしろ創造的<br>活動につながるならば、大いに楽しめばよいのです。<br><br>

大切なのは、その「楽しみ」の程度であり、はめを外したり、うっかり人々や生物たちや地球に迷惑をかけたりしてはならない、ということにすぎません。</p><br>

<p>私たちに課されているのは、肉体を持って生きていることに感謝し、周囲に迷惑をかけない範囲内で、毎日の生活を大いに楽しみながら、創造的に生きていくことです。<br><br>

指導役の意識体たちや故人たちからのメッセージをみると、<br><br>

<strong>「強欲を克服しなさい」
「課題を解きなさい」</strong><br><br>

という最低条件に加えて、<br><br>

<strong>「明るく前向きに生きなさい」
「人生を楽しみなさい」
「笑うことは心の栄養です」
「あなたらしく生きなさい」</strong><br><br>

というアドバイスが、沢山含まれています。<br><br>

このように、「強欲を克服すること」と、「生活を楽しむこと」とを、上手に両立させることこそが、「人生の目的」の一つなのです。<br><br>

この二つの目的を兼ね備えてこそ、その人生を終えた時、「充実した、創造的な人生<br>だった」と、高く自己評価することができるでしょう。</p><br>


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         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/1_12.html</link>
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         <pubDate>Fri, 16 Nov 2007 07:14:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「生きがい」の神様、「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を(2)</title>
         <description><![CDATA[<strong>「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を<br><br>

【今からでも、やり直しが可能】</strong><br><br>

<p>しかも、人生は、「敗者復活制人事システム」をとって計画されますから、自分の小ささに気付いた人は、その時点から「良心的な、愛のある、前向きな言動」を取るよう、自分を変えていけばいいのです。<br><br>

<strong>これまでは、他人のことなど全く考えなったという人でも、今から、少しずつ、生き方を変えていけばいいのです。<br><br>

これまで、他人を傷つける言動を一〇ほど行っていたならば、今から、九に減らしてみましょう。<br><br>

一度にゼロまで減らそうとしては、かえって「苦行」になってしまいます。九に減らすだけでいい、と考えて言動しているうちに、次第に九が当たり前になりますから、<br>その九からまた一だけ減らそうとしていれば、いつの間にかどんどん減っている<br>ことでしょう。</strong></p><br>

<p>それでも、「自分はどうしても他人を傷つけてしまう性格だ」（私自身も、自分がこのタイプの人間に思えてなりません）という方は、ちょっと発想を変えて、他人を傷つけてしまった分を上回るくらい、他人を喜ばせてあげましょう。<br><br>

他人を傷つける言動を一〇ほど行ってしまったならば、それと同時に、他人を喜ばせる<br>言動を十一ほど行うよう心がけましょう。<br><br>

そうすると、「あいつは嫌な奴だ」から、「あいつは嫌な奴だけど、結構いい奴だ」に変わってきます。<br><br>

「嫌な奴じゃないけど、いい奴でもない」よりは、「嫌のことも多いけど、いい奴だ」と言われる方が、もしかすると、個性豊かで人間味があるかもしれません。</p><br>

<p>かく申す私も、決して、人様に偉そうな口をたたけるような、立派な人間ではありません。<br><br>

これまでの人生を振り返ってみると、人をいじめたり、傷つけたり、人の邪魔をしたりして<br>しまったことばかりが思い出され、深く恥入ってしまいます。<br><br>

私は、本当に未熟で、情けない、哀れな人間だったと思います。<br><br>

<strong>今回の人生を終えた時、指導役の意識体たちの前で人生のパノラマビジョンを見せられながら、私は身もだえして、後悔の涙を流すに違いありません。</strong><br><br>

<strong>私自身も、本書の内容を、もっと早く知って理解していれば……。</strong><br><br>

しかし、幸いなことに、私には、まだこれからの人生が残されています。<br><br>

私も一人の悩める人間にすぎませんから、きっとこれからも、<br><br>

「しまった、あんなことをするんじゃなかった」とか、
「そんなつもりじゃなかったのに」などと、<br><br>

後悔することも少なくないでしょう。<br><br>

実際に今でも、毎日何度もそうやって後悔しています。</p><br>

<p><strong>それでも、私は、自分の未来に大きな希望を持っています。<br><br>

何故なら、一度にゼロにはできなくても、一〇の後悔が九に、そして八に、七になるように、自分を高めていけばいいからです。<br><br>

これまでの失敗を、これからの人生で少しずつでも埋め合わせよう、と決心しているからです。</strong></p><br>

<p>確かに、自分の過去を反省することも大切ですが、悔いるばかりで暗く落ち込んでいるのでは、人生がただの「苦行」になってしまい、俗世間に背を向けて山にこもるしかなくなり<br>ます。<br><br>

しかし、<strong>私たちがわざわざ、この物質世界に肉体を持って生まれてくる大きな理由が、<br><br>

「人間関係を学ぶこと」であることが判った今、<br><br>

俗世間から遠ざかるのではなく、多くのソウルメイトたちと再会し、新たに<br>ソウルメイトとなってくれる人たちと出会うことこそが、「楽しみながら学ぶ修行」の<br>意味であることは明らかです。</strong></p><br>

<p><strong>「人付き合いは面倒だから」といって敬遠している限り、意識体としての進歩は<br>望めず、わざわざ地球に修行に来ている意味がありません。</strong><br><br>

<strong>指導役の意識体たちが激励してくれるように、私たちは、<br><br>

「偉大で、強くて、力ある存在」であり、<br><br>

「生命を発展させ、人類と言う名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気を持った意識体」なのです。</strong></p><br>

<p><strong>私たちは、決して「嫌々ながら、辛い苦行を強いられている」のではなく、<br><br>

「自分から進んで、この地球という星に、楽しみながら学ぶ修行をしに来ている」のです。</strong></p><br>

<p>退行催眠の被験者が、「私が生きていたのは、地球上だけではありません」と答えることがあるのは、そのためなのでしょう。<br><br>

<strong>「地球」という惑星は、宇宙に無数に存在する意識体の一つ一つである私たちが、<br><br>

「肉体を持たなければ経験できない修行や楽しみ」<br><br>

を体験するために、自ら希望して訪れている、<br><br>

「遊園地付の自学自習センター」のようなものだと考えられます。</strong></p><br>

<p>そこでは、誰に教わる訳でもなく、自分で選んだ練習問題を解きながら、暇をみては、大いに遊んで楽しむことが許されています。<br><br>

遊んでばかりいては成長できませんが、勉強ばかりしているのでは、真に創造的で豊かな人生であるともいえません。<br><br>

<strong>私たちは、<br><br>

「愛と創造の実現に挑戦する人間生活を体験するための地球ツアー」<br><br>

に、自ら希望して参加している、好奇心と向上心と勇気にあふれる意識体たちなのです。</strong></p><br>

<p>さあ、大いに、人生という「楽しみながら学ぶ修行」に、わくわく、どきどきしてみようではありませんか。<br><br>

最後に、私が講演の中で必ずご紹介する言葉を、ここに記しておきましょう。<br><br>

「早く自分も死んで、お母さんのところへ行きたいわ」<br><br>

と嘆く娘さんのところに、先立ったお母さんの意識体が「光」として現れて、このような<br>メッセージを下さったそうです。<br><br>

<strong>あなたはまだ、その時じゃないわ。まだ、そちらでの仕事が終わっていないもの。<br><br>

あなたはそこに残って、一瞬一瞬を精一杯生きなければならないの。
美しい地上に生きるという贈り物を、味わわなければならないのよ。<br><br>

これだけは、言い残しておくわね。夕日も、花も、大切な人も、一つ一つ、喜びを<br>もって見つめなさい。<br><br>

そして、ほかの人にも、その喜びを教えてあげなさい。
愛を注いであげなさい。
愛は、他の何よりも大切なものだから。<br><br>

母さんは、いつも、あなたのそばにいるわよ。</strong><br><br>

（おわり）</p><br>

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（最後までお読み頂き、大変ありがとうございました。）<br><br>

（あとがき）<br><br>

<p>飯田史彦先生の生きがいの創造を抜粋で紹介しはじめ、どうやら最後まで漕ぎつけることができました。<br><br>

この長い文章にお付き合いして下さった皆様に深くお礼を申し上げます。<br><br>

ありがとうございます。<br><br>

最初は要約したような形でお伝えできたら、というつもりだったのですが、まとめるにまとめられなくて、抜粋した形でのご紹介となりました。<br><br>

だけど、今、考えるとかえってその方が良かったな、と感じてます。<br><br>

私は残念ながら人生の達人ではありませんから、あちこちに頭をぶつけ、時にはわが身<br>大切さに、人を傷つけてしまうこともあります。<br><br>

自分で自分の仕掛けた罠に嵌らぬように（ちょっと言い方悪いですが）と気を配りながらも、罠に嵌ってしまう、こともあります。<br><br>

おそらく、創造主は、この世界を善しとして創られたと思うのです。<br><br>

自分で仕掛けた罠に嵌ってしまっても、それはそれでいい経験となり魂の足腰を鍛えてくれるだろうと、思います。<br><br>

罠に嵌ったっていいじゃねぇか！<br><br>

<strong>私達一人一人はみんな人生という冒険の旅に出た英雄。<br><br>

人生で出逢うすべてのことに意味がある…</strong><br><br>

くじけそうになる時はお互い励ましあって、この英雄の冒険を完遂したいものです。</p><br>
]]></description>
         <link>http://abundant-lives.com/success/2007/11/2_14.html</link>
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         <pubDate>Sat, 17 Nov 2007 06:05:09 +0900</pubDate>
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