人間関係で悩んでいる方に(2) 出会うべき「縁」(2)
かつて私は、大学における私の講義で、「人間の価値観」について教える際に、「死後の
生命」や「生まれ変わり」の科学的研究成果を、ほんの三十分ほど使って、簡単に紹介してみたことがあります。
もちろん、決して「信じなさい」という訳でなく、「このような研究が存在することを知った時、あなたの価値観はどのような影響を受けますか?」と、問いかけてみたのです。
すると、ほとんどの学生が、「人生を前向きに生きていけるような、大変な影響を受けた」という、不思議なレポートを書いてくれました。
とりわけ、彼ら若者たちも、「ソウルメイト」という言葉に、大いに感動してくれた
ようなのです。
そこで、大学生たちが、授業中に書いてくれたレポートの中から、人間関係について触れているものを、幾つかご紹介しましょう。
私は今迄、人生の仕組みについて、無関心でした。
興味以前に、そんなことは非科学的で馬鹿らしい話だと、決めつけていました。
実際に私は、飯田先生と同じような、典型的な無宗教の生活を送っています。
そんな訳で、今日も最初は否定的に聞いていたのですが、聞いているうちに、次第に否定から肯定の気持ちになってしまいました。
どうしても、認めざるを得なくなってしまったのです。
少し新しい情報が頭に入っただけなのに、こんなに考えが変わるというのを実感しました。
何故価値観が変わったかというと、
「配偶者や両親などは、過去に何度もの人生で深くかかわりあったソウルメイトで
ある」
という話のところで、もしも嫌な、自分とは性格が合わない人がいても、このような考えのもとで付き合っていけば、うまくやれそうに思ったのです。
先生もおっしゃったように、困難も、自分が計画したのだと思えば、そんなに悩まなくてすむと思うのです。
今日の授業を聞いて、今までの自分が、人生をとても気楽に生き過ぎたような気がしてならなくなった。
自分のことしか考えず、他人の迷惑など気にもせず、他人がやって欲しくないことも平気でやってきた。
本当に、他人の役に立っていることはとても少なくて、恥ずかしくなった。
本当に、人生はこのままでいいのかと聞かれると、私は「いいえ」と答えたくなって
しまった。
「もっとやるべきことがある、いや、しなければならないことがある」、
と私はそう感じた。
今日のこの授業が私を変えたといっても、過言ではない。
今日この場にいて、先生の話を聞いて影響を受けたのも、生まれる前から決まっていて、私の価値観をつくるための大切な場であったと考える。
価値観とは、不思議なものである。
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何故か不運にも(実は予定通りなのですが)死んでしまうものなのです。
このように、「死」でさえも順調に予定通りの出来事だとすれば、人生で
直面するあらゆる試練も、やはり現れるべき時に出現するはずです。
もちろん、試練だけではなく喜びも、然るべき時に現れ、私たちの人生を癒したり彩ったりしてくれます。
したがって、
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かつて私は、大学における私の講義で、「人間の価値観」について教える際に、「死後の生命」や「生まれ変わり」の科学的研究成果を、ほんの三十分
ほど使って、簡単に紹介してみたことがあります。
もちろん、決して「信じなさい」という訳でなく、「このような研究が存在することを知った時、あなたの価値観はどのような影響を受けますか?」と、問いかけてみたのです。 - 【思い通りにならないからこそ価値がある】(1)
私たちは、何故生まれてくるのか……それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのであり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。
- 【思い通りにならないからこそ価値がある】(2)
私たちは、何故生まれてくるのか……
それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるので あり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。 - 何をやってもうまくいかない方へ(1)
人生というのは、「自分が自分に与えた、自分にとって最適な問題集」です。
つまり、「人生では、まず求められる価値(学ぶべき課題)が存在し、その価値を身に付けるために最適な現象(喜びや試練などの経験)が生じてくる」というわけです。 - 何をやってもうまくいかない方へ(2)
D あなたにとって、人生はどんなものに例えられますか?
C そうですね、この世でいうと、教室のようなものとでも言ったらいいでしょうか。
それぞれの人生は、違う科目を習う授業のようなものなんですよ。
しかし、人生においては、教室で学ぶよりもずっと多くのことが学べます。
この世の教室とは、スケールが違いますからね。 - 何をやってもうまくいかない方へ(3)
前述の事例では、ウィリストン博士が「これまで地球で何回くらいの人生を?」と尋ねていますが、これは、地球という星が、宇宙に無数に存在する研修
センターの一つにすぎないからです。
「意識体として、地球にやってきてから、まだい一回目の人生だ」という新入生もいれば、「もう百何十回も生きて、卒業間際だ」という証言も出てくるため、
地球上では、同じ時代に、それらの人々が混在していることが判ります。
- 自殺したいほど悩んでいる方へ
このように、自殺してしまうと、「意識体として肉体から離れたあと、誰も迎えに来てくれず、真っ暗闇の中に置かれて泣いていた」という証言が出てきます。
他の死に方をした時には、すぐ「光」たちが迎えに来てくれたり、自分がまぶしくて温かい光に包まれていくのですが、自殺した場合に限って、この証言のように、「光を求めて、渦潮の中をぐるぐる回っているような感じ」になってしまうのです。
- 自殺したいほど悩んでいる方へ(2)
でも、自殺の方法を考え始めたりすると、いきなりお説教になるんです。
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指導役の意識体たちが激励してくれるように、私たちは、
「偉大で、強くて、力ある存在」であり、
「生命を発展させ、人類と言う名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気を持った意識体」なのです。