人間関係に悩んでいる方へ(1) 【愛の修行(1)】
【愛の修行】
ある時、ブライアン・L・ワイス博士(元マイアミ大学教授)は、
「意識体(魂)たちがみな、中間生に留まろうとせずに、この物質界に生まれてくるのには理由があるのですか」
と、指導役の意識体に問いかけてみました。
すると、被験者の口を借りて現れた指導役の意識体は、このように教えてくれたそうです。
「我々は、自分が学ばなければならないものを選んでいる。
我々は、人間関係についてもっと学ぶ必要がある時に、この物質界に戻ってこなければならない。
人間関係について学び終えた者のみが、もっと先へと進んでいくのだ」
つまり、私たちが物質界に生まれてくる大きな理由の一つが、「人間関係」という試練を乗り越えて成長するためだということが判ります。
臨死体験者や退行催眠の被験者たちの証言によれば、意識体の状態に戻ってしまうと、思ったことや感じたことが、廻りの意識体たちに、瞬時に全て伝わってしまいます。
自分を飾ることも、偽ることもできず、誰もが丸裸です。
そのため、隠し事ができない反面、相手の気持ちを推察する必要もありません。
したがって、生まれる前の状態に留まっている限り、「人間関係」という試練は生じないのです。
ところが、肉体を持ってこの物質界に生まれてくると、声を発して会話をしたり、文字を書いたり、手振り身振りを使わなければ、お互いの意思や気持ちを相手に伝えることができません。
しかも、たとえ言葉を交わして意思を伝え合ったとしても、「自分の言いたいことが本当に伝わっているだろうか」とか、「あの人はこう言っているが、本当にそう思っているのだろうか」というふうに、相手に対して疑念が生まれたり、悪い方に推察して勝手に腹を立てたりしてしまうものです。
その時に私たちに問われるのが、「相手を信用することができるか」「たとえ信用した結果、うまくいかなかったり、裏切られたとしても、相手を責めないで許すことができるか」という、「愛」の水準です。
相手を無心で信用できない人、相手の悪意のない失敗を許せない人は、いつも他人を疑ってかかりますから、どうしても人間関係が悪くなって人々が敬遠しはじめ、孤独におちいってしまいます。
逆に、たとえ相手が悪意を持って自分を傷つけたとしても許すことのできる人は、無条件の愛を備えた人であり、まわりには多くの人々が集まってくることでしょう。
したがって、人間関係という貴重な試練を経験し、自分の「愛の水準」を確かめ、高めていくためには、肉体を持ってこの物質界に生まれてくるしかありません。
だからこそ、私たちは、わざわざ何度も何度も肉体を持って、物質世界に、「人間関係の修行」つまり「愛の修行」をするためにやってくるのです。
このように、人間関係に悩み苦しんでいらっしゃる方も、人生の仕組みを知ることによって、新たな視点から関係を見直すことができます。
親子や夫婦、親友や宿敵などの人間関係にはすべて深い意味があり、それらの人々は、過去の何度もの人生を、深く関り合いながら修行してきた、いわば「学友」たちなのです。
しかも、現在お互いに反目し合っている宿敵でさえも、「今回の人生では敵同士に分かれて、お互い許し合うことに挑戦しよう」と、約束して生まれてきているのです。
とりわけ。「不思議な位に嫌い合っている関係にある相手」こそが、今回の人生に生まれてきた大きな課題を示すことが、少なくありません。
退行催眠をかけてみると、「何故その人といつも対立し、ケンカしたり、お互いに足を引っ張り合って、傷つけ合ってしまうのか」という理由が、次々に明らかになります。
そして、「その嫌いな人を許すことこそが、今回の人生の大きな目的の一つである」ということが、必ず判ってくるのです。
研究者たちの報告は、この物質界で出会うあらゆる人々を愛し、何事も許す大きな心の大切さ、人間性を磨くことの重要性を強調しています。
たとえば、ホイットン博士のもとで退行催眠を受けた男性は、ある人生を終えた時、指導役の意識体たちから、このように教えられたことを思い出しました。
「お前は、自分の知識の豊かさや知的能力の高さに、うぬぼれている。
しかし、人間性こそ、まず優先して磨かれなければならない。弱く愚かになる必要はないが、柔和で控えめな人間になるように努力しなさい」
被験者が数多くの人生の記憶をたどるのを聞きながら、ホイットン博士は、どのようにして私たち人間が、幼稚で自己中心的な人格から、青年期の人格へ、そして円熟した人格へと成長していくのかを、
思い知らされたと言います。
その成長と進歩の程度は、その意識体が、「自分を磨いて成長したい」という、強い意志を持っているかどうかによって、決まるのだそうです。
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このように、「死」でさえも順調に予定通りの出来事だとすれば、人生で
直面するあらゆる試練も、やはり現れるべき時に出現するはずです。
もちろん、試練だけではなく喜びも、然るべき時に現れ、私たちの人生を癒したり彩ったりしてくれます。
したがって、
「喜びも試練も、全てのことには必ず意味が秘められているのだ」
と考えることが、人生を投げ出さないで、より価値あるものにしていく秘訣で
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逆に、たとえ相手が悪意を持って自分を傷つけたとしても許すことのできる人は、無条件の愛を備えた人であり、まわりには多くの人々が集まってくることでしょう。 - 人間関係で悩んでいる方に(2) 出会うべき「縁」(2)
かつて私は、大学における私の講義で、「人間の価値観」について教える際に、「死後の生命」や「生まれ変わり」の科学的研究成果を、ほんの三十分
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もちろん、決して「信じなさい」という訳でなく、「このような研究が存在することを知った時、あなたの価値観はどのような影響を受けますか?」と、問いかけてみたのです。 - 【思い通りにならないからこそ価値がある】(1)
私たちは、何故生まれてくるのか……それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのであり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。
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私たちは、何故生まれてくるのか……
それは、生まれて来なければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるので あり、その機会、例えば「死」や「病気」や「人間関係」などに代表される、「思い通りにならなこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。 - 何をやってもうまくいかない方へ(1)
人生というのは、「自分が自分に与えた、自分にとって最適な問題集」です。
つまり、「人生では、まず求められる価値(学ぶべき課題)が存在し、その価値を身に付けるために最適な現象(喜びや試練などの経験)が生じてくる」というわけです。 - 何をやってもうまくいかない方へ(2)
D あなたにとって、人生はどんなものに例えられますか?
C そうですね、この世でいうと、教室のようなものとでも言ったらいいでしょうか。
それぞれの人生は、違う科目を習う授業のようなものなんですよ。
しかし、人生においては、教室で学ぶよりもずっと多くのことが学べます。
この世の教室とは、スケールが違いますからね。 - 何をやってもうまくいかない方へ(3)
前述の事例では、ウィリストン博士が「これまで地球で何回くらいの人生を?」と尋ねていますが、これは、地球という星が、宇宙に無数に存在する研修
センターの一つにすぎないからです。
「意識体として、地球にやってきてから、まだい一回目の人生だ」という新入生もいれば、「もう百何十回も生きて、卒業間際だ」という証言も出てくるため、
地球上では、同じ時代に、それらの人々が混在していることが判ります。
- 自殺したいほど悩んでいる方へ
このように、自殺してしまうと、「意識体として肉体から離れたあと、誰も迎えに来てくれず、真っ暗闇の中に置かれて泣いていた」という証言が出てきます。
他の死に方をした時には、すぐ「光」たちが迎えに来てくれたり、自分がまぶしくて温かい光に包まれていくのですが、自殺した場合に限って、この証言のように、「光を求めて、渦潮の中をぐるぐる回っているような感じ」になってしまうのです。
- 自殺したいほど悩んでいる方へ(2)
でも、自殺の方法を考え始めたりすると、いきなりお説教になるんです。
「そんなことしたって、何も解決しやしないよ。 自殺したって、苦しみはなくならないんだよ」って。
部屋に閉じこもっていると、叱りつけられました。 - 「生きがい」の神様、「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を(1)
ここで、ある臨死体験者が「光の存在」(指導役の意識体)から託して
もらった、私たち人類への力強いメッセージをご紹介しましょう。
「あなたがた人間は、自分が何者かを知る必要があります。
人間は偉大で、強くて、力のある存在なのです。
あなたがたは、地球に向かい、生命を発展させ、人類という名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気をもった方々なのです」 - 「生きがい」の神様、「辛い苦行」ではなく「楽しい学び」を(2)
指導役の意識体たちが激励してくれるように、私たちは、
「偉大で、強くて、力ある存在」であり、
「生命を発展させ、人類と言う名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気を持った意識体」なのです。