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「生きがい論」からのメッセージ(11) 死とは…ふるさとに帰る(2)

死とは…ふるさとに帰る(2)

  逝くべき時

さらに、思わぬ病気・事故・災害などでなくなり、どのように不運で見える人であっても、
残された家族たちに対して、

自分の不憫を嘆きすぎないで欲しい。これはこれで順調なのだから

と伝えてくれます。


愛する人をなくして苦しむ人々を救う活動をしている、グッゲンハイムたちの調査の中から、そのような証言をご紹介しましょう。

見ると、父が立っています。廻りは霧が立ち込めているのに、父のいるところだけ、はっきりと見えるんです。

ちゃんとした普通の体のように見えて、とても元気そうでした。
色彩がとても澄んで、鮮やかでした。

父に近づいたとき、いきなり私の心の底から、ありとあらゆる感情が突き上げてきました。
父を憎んでいました。恨んでいました。

「なんで私を残して死んじゃったのよ!」

と怒鳴り散らしながら、父の胸をガンガン叩きました。

二、三分もそうやって叩いていたでしょうか。
そのあと、父は私を強く抱きしめてくれました。
父の腕の感触を、はっきり感じました。
それからとても穏やかな声で、やさしくこう言われました。

「いまは、ここにいるじゃないか。さあ、話をしよう。
その時が来たんだよ。あの時が、自分の逝くべき時だったんだ」


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先立った故人が、嘆き悲しむ家族のところに現れて、

あの時が逝くべき時だったのだ

と教えてくれたという体験は、数多く報告されています。


しかも、二つ目の証言にあるように、

お前を成長させるために、私は早い死を選んだのだ。
私の死を乗り越えて、大いに学び、強くなってくれ


という意味の発言をして、自分の死の目的が家族を成長させるためであったことを明確に告げてくれることも、少なくありません。


したがって、人生では、「死ぬべき時」を定めたうえで生まれていることが多く、特に、自分の死によって周囲の人々を成長させるために、わざわざ若くして亡くなる人生を計画して生まれることも多いようです。


「まだまだ長生きする予定だったのに、うっかり死んでしまった」

ということはなく、死ぬべきでない場合には何故か奇跡的に助かり、死ぬべき時には、何故か不運にも(実は予定通りなのですが)死んでしまうものなのです。


このように、「死」でさえも順調に予定通りの出来事だとすれば、人生で直面するあらゆる試練も、やはり現れるべき時に出現するはずです。

もちろん、試練だけではなく喜びも、然るべき時に現れ、私たちの人生を癒したり
彩ったりしてくれます。


したがって、

喜びも試練も、全てのことには必ず意味が秘められているのだ

と考えることが、人生を投げ出さないで、より価値あるものにしていく秘訣であると言えるでしょう。



飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)
 

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    C そうですね、この世でいうと、教室のようなものとでも言ったらいいでしょうか。

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    あなたがた人間は、自分が何者かを知る必要があります。

    人間は偉大で、強くて、力のある存在なのです。

    あなたがたは、地球に向かい、生命を発展させ、人類という名で知られる大いなる冒険に参加しようとする、勇気をもった方々なのです


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