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『死ぬということは、体から離なれて生きること』

『死ぬということは、体から離なれて生きること』

さて、死んでから体を離れると、当然のことながら、もう肉体的な体は持たないため、この証言にある様に、「身が軽くなって、自由」になり、肉体の方の痛みも感じなくなっています。そして、自分が「光」に包まれていることに気づいていますが、この「光」は、私達が
普段用いる「光」という言葉とは、同じ意味ではありません。


私達が「光」という言葉でイメージするのは、太陽の光や電球の光の様に、ある光源からどこかの方向に向かって射す光です。しかし、催眠を受けることによって出会う「光」は、この被験者が表現するように「ただ、そこに満ちている光」であったり、「どこからの方向から
射すのではなく、何もない暗闇に、突然パッと現れる光」であったりするのです。


したがって、死後に現れる「光」というのは、私達が、この物質界の現象として知っている「光」とは、別のものだということが判ります。

しかし、まだこの物質世界で生きている被験者達にとっては、自分が知っている言葉や
概念では説明する方法がないため、仕方なく、私達が知っている言葉や概念のうちで最も近いものとして、それを「光」と呼んでいるわけです。


D 他界したのは、何歳の時ですか?
C 四十四歳の時です。
D 死因は何でしたか?
C インフルエンザだったそうです。多くの人が死んだとか。世界中に 蔓延していました。
D それは西暦何年のことですか?
C 1918年です。たしか、10月でした。10月20日。
D この世を去った時、誰かそばにいましたか?
C いいえ。

D 肉体を離れたあと、どんな感じがしましたか?
C 自分の体が見えました。
D どんなふうにみえましたか?
C 青いドレスを着てました。青い、シルクの……誰かが私の 「死に装束」として、買ってきてくれたのです。
D これから自分は死ぬのだと、自覚していましたか?
C はい。病気が重かったので、もうよくなる見込みはないと思って いました。私が死んだあと、人々がやってきて、どうしてみんな死んでしまうのだろう、と話し合っていました。本当に、沢山の人 が死んだのです。

D あなたのお葬式の様子を教えてください。
C 犠牲者たちは、何列にも並べて埋葬されました。私も、その中の一人でした。一番右の列の一つ目の石が、私の墓です。ああ、何と沢山の人たちが、いっしょに埋められたことでしょう。
D メアリー、あなたはどこに埋葬されましたか?
C 村はずれの、丘のふもとの広々とした草原です。私の上には、何も書かれていない
セメントのブロックが置かれました。他の死者たちの上にも、同じようなセメントのブロックが置かれています。余りにも大勢の死人が出たので、一人一人の墓を掘ることなんて、
できなかったのです。墓場には、もう場所がありませんでした。

D 死んだあとにも、村の様子を見ることができましたか?
C ええ、村に戻って見ました。
D 何が見たかったんですか?
C 特別に何を、というわけではなくて、ただ見てみたかったのです。どんなふうに見えるのかしら、と思って。でも、長居はしませんでした。


この証言からも判る様に、私たちは、自分の肉体的な死を体験したあと、「意識体」として自分の体から離なれ、どこへでも自由に、しかも瞬時に移動できるようになります。大抵の場合は、自分の死を看取ってくれる人々の姿を見て、自分の通夜や葬式を、参列者と一緒に経験します。

その時には、「自分の遺体がある部屋の天上あたりから見下ろしている」という証言が多く、天井のない場所で死んだ場合には、おおよそ三メートルくらい上空に浮かんでいることが多い様です。(ただし、これは被験者の感覚的表現なので、正確な数値だとは思えません)


面白いことに、私達は、自分の遺体や通夜や葬式を見下ろしながら、かなり冷静な気持ちでいることができる様です。死の瞬間には、自分が肉体から離れて上空に
浮かんでいることに気づくとと同時に、それにもかかわらず、「自意識として覚醒している」という感覚があることに驚きます。

なぜなら、「自分は死んだはずなのに、まだ生きている」という現象を体験することになるとは、予想していなかったからです。しかし、やがて、「な〜んだ、死ぬということは、体から離なれて生きるということにすぎないんだな」と、死という現象が
「通過点」にすぎないことに気づいていくのです。


飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)
 

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