人生の自己計画(5) 何事も順調な学びA

人生は、いわば「敗者復活制人事システム」をとって計画され、一度負けて
間違った方向に進んで)しまうと戻れないという「勝ち抜き制」ではありません。

人生のある時点までは、いつも望ましくない道を選んできた人でも、ある時に
それまでの自分の姿を反省し、生き方(解決法の選び方)を変えた場合には、
一転して、予定していた良好な人生の方向へ歩んでいくことができるのです。


したがって、これまで、間違った方向へ進み続けて、何一つ問題を解決していない人でも、いつでもその誤りに気付き、方向転換をする道が用意されています。六十歳、八十歳になってから、自分の言動の誤りに気付いた場合でも、決して遅くありません。


いつからでも「やり直し」がきくようになっており、たとえ今回の人生で多くの課題をやり残したとしても、人生を終える前にそれに気付き、わずかでも良い方向へ向かって、その過ちを取り消そうとしたかということが、問われることになります。


以上のような説明方法は、判りやすく単純化したものにすぎません。

人生という修行の場では、未発達の意識体ほど詳しい設計図を必要とし、どの時点でどのような問題に直面して、どういう解決方法を選ぶと正解であるかということを、細かく予定してから生れてきます。

しかし、発達した意識体になると、人生の大まかなアウトラインだけをつくって
生まれ、わざと困難な状況に身をおいて、より創造的な人生を送ることもあります。


例えば、ある被験者の男性は、かつての人生の一つで、性別と基本的性格だけを決める
ことにし、「多情な女になる」という設定だけを決めて生まれ、波乱に満ちた生涯を送り
ました。

彼は、生れる前に行う人生設計の作業について、

一定の時間がたつと作動する時計仕掛けの機会を、うまく調整して、スイッチを
セットするかのようです


と表現しています。


飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)
 

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