人生の自己計画(4) 何事も順調な学び@
ただし、人生の分岐点において、どのような道を選んだとしても、価値のない無駄な道を歩むとこにはなりません。 たとえ、他の人に比べると挫折や不遇のように見える状況に陥ったとしても、実は
それこそが、体験すべき課題であることが多いのです。
何故なら、深い催眠状態で、ある日本人が、次のように証言しているからです。
D 光に聞いてください。「私の人生は、ここまで順調ですか?」と。
C 「他の人と比べたら順調に見えないかもしれないけど、私(光)からみれば順調だ」と、
おっしゃっています。
このように、人生における「幸せ」の尺度や「学び」の方法については、他人と
比べるのは間違っているようです。
それぞれの人が、必要に応じて、違う科目、違う難度の授業をとっているからです。例えば、小学校六年生の国語の授業と、小学校一年生の算数の授業を比較して、どちらが優れた授業かを判断することはできません。 どちらも、その科目の、そのレベルの授業という点では、最適な内容になるよう しかも、小学校の六年生も一年生も、人間としての価値に差はありません。 そこにあるのは、単に、もう卒業間近なのか、まだ新入生なのかという、学んだ時間の長さの差でしかないのです。
心がけてあるからです。
同じように、人はみな、自分に最適な人生を、自分なりに順調に歩んでいるのですから、全く異なる内容、難度の人生を歩む他人と比べて一喜一憂するのは、
意味のないことだと言えるでしょう。
また、一見すると、人生の分岐点のように見えるにもかかわらず、ある一つの方向にしか歩めないようになっている場合もあります。 その人生の時点で、どうしても、その方向へ進むことが必要であるような場合です。
D その光に聞いてください。「私は、試験に落ちて、仕方なくこの学校に入ったんです
けど、受験で失敗してこの学校に入ったことも、本当に順調なんでしょうか?」って。
C 「そうだよ、みんな順調なんだ」と言っています。
このような証言が数多く出てくることから、人生では、
「自分で状況を変えようと努力する」ということと同じ位に、「与えられた状況に抵抗せず、素直に受け入れる」
ということも必要であるようです。
むしろ、その両方の判断やバランスの取り方こそが、人生における学びのテーマの一つであると言っても良いでしょう。 何故なら、与えられた状況の中に、今回の人生でどうしても経験しておくべき課題が、予定通り順調に含まれているからです。
例えば、ある日本女性は、次のように証言しています。
D その光に聞いてください。「今の私の人生は、順調ですか?」
C ……。(うなづいている)
D 「人間は何のために生きているんですか?」って聞いたら?
C 「それぞれの道があるから……それを歩いていくため……」
D 「なぜ私は、また生まれ変わってきたんですか?」
C 「前の人生で、やけっぱちになったままで終わってしまったから」
D 「素晴らしい人生を送るためには、どうすればいいんでしょうか?」
C 「あせらないこと……受け入れること……」
D 「何を受け入れるんですか」
C 「起きてきたことを」
この女性が語るように、
「あせらないで、起きてきたことを受け入れること」
も、人生を順調に生きていくうえで、必要なテクニックなのではないでしょうか。
ただし、ここでいう「あせらない」というのは、「何も努力しないで放りだしておく」という意味ではなく、
「ベストは尽くしながらも、理想的な結果を早急に求めないで、大らかな気持ちで
新たな展開を待つ」
という意味であることを、強調しておきましょう。
(つづく)
飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)
http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/
関連ページ
- 人生の自己計画(1) 果てしない成長の追及
退行催眠の研究で、一番興味深い成果は、肉体にやどっていない状態
(中間生)の間に、私たちが自分自身で、次の人生を計画するという仕組みがわかったことです。
被験者たちは、指導役の意識体(光の存在)の前で終えてきた人生を振り返って反省した後、彼ら(彼らといっても、性別は感じられないそうです)の助言を参考にしながら、自分で次の生まれ変わりの人生計画を立てたことを思い出します。
- 人生の自己計画(2) 人生設計の方法
終えてきた人生を自己評価すると、その人生で見事に解くことができた
問題と、解くことができなかった問題とが明らかになります。
また、その人生で何を学んだのかを整理すれば、他のどうのような事を学び
残しているかが判り、今後の学習計画を立てることができるのです。
そのうえで、私たちは、物質世界という学校での学びの機会、つまり「人生」という名の修行へと、また旅立っていく決心を固めます。
- 人生の自己計画(3) 試練の組み合わせ
人生の中で目の前に現れてくる分岐点で、どの選択肢を選ぶのかによって、その後の人生展開が変わってきます。
しかも、どの選択肢を選びながら生きていくのが最も理想的な人生展開なのかは、その人生を終えるまでは知ることができません。
中には、ある大切な人と、ある場所でちょうど隣り合わせになるなど、その人生で、たった一度だけ、ほんの数十秒間しか出会わないように仕組んでおく場合もあり、その数十秒の間に特定を言動をするか しないかによって、その後の
人生展開が大きく変わってしまうのです。 - 人生の自己計画(4) 何事も順調な学び@
このように、人生における「幸せ」の尺度や「学び」の方法については、他人と比べるのは間違っているようです。
それぞれの人が、必要に応じて、違う科目、違う難度の授業をとっているからです。例えば、小学校六年生の国語の授業と、小学校一年生の算数の授業を比較して、どちらが優れた授業かを判断することはできません。
どちらも、その科目の、そのレベルの授業という点では、最適な内容になるよう心がけてあるからです。
しかも、小学校の六年生も一年生も、人間としての価値に差はありません。
そこにあるのは、単に、もう卒業間近なのか、まだ新入生なのかという、
学んだ時間の長さの差でしかないのです。
- 人生の自己計画(5) 何事も順調な学びA
人生は、いわば「敗者復活制人事システム」をとって計画され、一度負けて
間違った方向に進んで)しまうと戻れないという「勝ち抜き制」ではありません
人生のある時点までは、いつも望ましくない道を選んできた人でも、ある時にそれまでの自分の姿を反省し、生き方(解決法の選び方)を変えた場合には、一転して、予定していた良好な人生の方向へ歩んでいくことができるのです。