人生の自己計画(3) 試練の組み合わせ

もう一度、人間としての人生を送りながら学びを積もうと決心し、「光」からそれを
認められると、「今度はどのような方法で学びを重ねていくのか」とい「人生計画」を立案します。

生れていく人生において、何をどのように学んでいくべきかについては、「光」からのアドバイスをもらいながら、自分自身で計画するのです。


それでは、人生は、どのようにして自己計画するのでしょうか。

深い催眠状態で被験者たちが語る証言を分析するとその方法が見えてきます。例えば、
ある日本人は、催眠状態で現在の人生を「道」に譬え、このように説明しています。


D それでは、もっともっと高く上がってください。

その場所から下を見ると、その時の人生と、今のあなたの人生とが、二本の線のように
並んでいます。その両方を見て、何か気がつくことがありますか?

C その時の人生は、一本の筋になっていますが、今の私の人生の方は、
途中で枝分かれしているような感じにみえるんですけど……。


つまり、すでに終えてしまった過去の人生については、はっきりした一本の道として確立されている反面、まだその途上にある現在の人生については、途中で複数の道へ枝分かれしているというのです。

現在の人生については、まだ生きている途中であり、最後まで確定していない
ため、過去の人生のような一本道には見えないのです。


このように、いくつもの分岐点によって仕組まれた「枝分かれ図」のようになって
います。

一本の木が、根の部分から幹が生え、幹から何本もの枝が分岐し、さらにそれぞれの枝から小枝が分岐していくように、人生も、自分の言動によって、将来の展開が変わってくるのです。


人生の中で目の前に現れてくる分岐点で、どの選択肢を選ぶのかによって、その後の人生展開が変わってきます。

しかも、どの選択肢を選びながら生きていくのが最も理想的な人生展開なのかは、その人生を終えるまでは知ることができません。

中には、ある大切な人と、ある場所でちょうど隣り合わせになるなど、その人生で、たった一度だけ、ほんの数十秒間しか出会わないように仕組んでおく場合もあり、その数十秒の間に特定を言動をするかしないかによって、その後の人生展開が
大きく変わってしまうのです。


例えば、勇気を出してその人に声をかけるとか、困っているらしい姿を見て助けてあげる
などの言動が、人生の分岐点で、「運命」という名のスイッチを入れることになるわけです。

そして、今、本書を読んでいる最中のあなたも、「本書を読んだあとに、どのような言動を
とり始める」という、人生の分岐点に立っていらっしゃるのではないでしょうか。


いずれにしても、常識的にわかるのは、

「常に、より愛のある、創造的な選択をしていくこと」

こそが、最も理想的な選択肢を選び続ける鉄則だということです。


人生が、自分が自分に与える試験問題の組み合わせであり、問題集であることを考えれば、これ以上の「必勝テクニック」は存在しないはずです。


また、人生は自分で自分に与える問題集ですから、自分の能力に応じて、最適な
レベルの試験問題を組み合わせます。


まだ「足し算・引き算」のレベルで苦しんでいるのに、「因数分解」の問題に挑戦しても、
解けるはずがないからです。

人生計画を立てる際には、意識体としての自分の成長度に応じて、「頑張って手を伸ばせば届く程度」の、ちょうど良いレベルの問題を用意しておくというわけです。


以上のように、生れる前に人生計画をするというのは、自分で選んだ試験問題、
すなわち「試練」が、ちょうど良い時に起きてくるように、自動発生装置を仕掛けて
おくような作業だと言えます。


自分が「ある言動」を取ったり、「ある年齢」に達したり、「ある組織」に属したり、
「ある人」と知り合ったりすると、その試練(試験問題)が、自動的に発生してくる
ように計画しておくのです。

そして、その試練に直面した自分が、一体どのような言動を取るのか(どの選択肢を選ぶのか)によって、その後の人生(自分で選んだ道)が、大きく違うものに
なっていくわけです。


その意味では、せっかく自分でつくった「自分に最適な問題集」であるならば、できれば
全問正解し、自己採点で「花まる」をつけて終えたいものです。

被験者たちの証言をみていると、実際には、なかなか全問正解とはいきませんが、解き
残した問題には、再び次の人生でチャレンジすることができます。


そして、見事に解き終えた問題については、「足し算・引き算」の上に「掛け算・割り算」が
あり、その上に「因数分解」があり、さらに上には「微分・積分」があるように、より高度な
試験問題へとレベルアップさせながら、「もう人間としては学ぶことがなくなった」
胸を張れるようになるまで、挑戦を続けていくのです。



飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)

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