人生の自己計画(1) 果てしない成長の追及

退行催眠の研究で、一番興味深い成果は、肉体にやどっていない状態(中間生)
の間に、私たちが自分自身で、次の人生を計画するという仕組みがわかったこと
です。


被験者たちは、指導役の意識体(光の存在)の前で終えてきた人生を振り返って反省した後、彼ら(彼らといっても、性別は感じられないそうです)の助言を参考にしながら、自分で次の生まれ変わりの人生計画を立てたことを思い出します。


この時、何度もの人生を通じて太い絆を築き上げてきた、他の意識体達(後に説明するソウルメイト)と相談しながら、次の人生を計画することが多いこともわかっています。この相談のとき、物質界での再会のチャンスを逃さない様に、お互いの
誕生の時と場所をきちんと打ち合わせておかなければなりません。


被験者たちの証言によると、このような「グループ転生」は、頻繁に繰り返されて
おり、お互いに仲が良い場合も悪い場合も、過去生に登場した人物と、再び
かかわり合うことになるのだそうです。


ホイットン博士の被験者の一人は、こう語ります。

前世で、十分な扱いをしてあげなかった人達がいるので、この世に戻って、借りを返さなければなりません。今度、彼らの方が私を傷付ける番になっても、許して
あげるつもりです


一方で、自分が解決しなければならない課題にふさわしい状況に身を置くために、わざわざ逆境を選択して生れるように助言された被験者が、何人もいます。
ある女性は、こう証言しています。


「指導役の意識体達が、私に、次の人生では父親のいない家庭で育てられる体験を味わうべきだ、と助言してくれたのです。それに、この両親を選んだことによって、結婚相手となるべき男性に出会うために、理想的な立地条件におかれることも知ってました」


この証言は、衝撃的です。なぜなら、生れる前に結婚相手となるべき意識体(ソウル
メイト)と相談し、ある条件が満たされた時に再び出会うという、俗にいう「運命の
赤い糸」の実在を示しているからです。
何と夢のある、素晴しい証言でしょうか。


このような証言を他の人々も口にしていることから、「赤い糸」が存在することは、確かな
事実のようです。これについては、後で詳しくご説明します。

ただし、生れる前に立てた計画は、必ずしも、理想的なシナリオ通りに実行されるとは限りません。中間生で立てる計画は、いわば下絵のようなものであり、実際にこの物質界に
生れて来ると、様々な制約や、自分で仕掛けておいた数々の試練が襲ってくるため、
理想的な下絵の通りに絵を描くことは難しいのです。

その結果、悪い方へ悪い方へと選択肢を選んで、自分で仕掛けておいた試練に負けて
しまい、最も望ましくないシナリオを選んでしまうこともあるわけです。



飯田史彦 研究室へ ようこそ!(福島大学経済経営学類 教授)
 

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