人生の自己評価(1) 人生のパノラマビジョン
ホィトン博士(トロント大学教授)の被験者たちの証言は、みな、中間生にいる指導役の
意識体たちの存在を訴えています。
指導役の意識体たちは、姿が不明瞭な場合もあれば、神話に出てくる神や、宗教上の
マスターとして見える場合もあります。
また、特に姿かたちをとらずに、「光」のように見える場合も少なくありません。その場合は、臨死体験者たちも言うように、しばしば「光の存在」と表現されます。
指導役の意識体たちは、中間生に戻ってきたばかりの目の前の意識体について、知るべきことは何でも直感的に知り、その意識体が終えてきたばかりの人生を自己評価するのを
助けてくれます。
被験者たちは、「彼らと一緒にいるとわが身の未熟さを痛感する」と証言しますが、場合によっては、次の生まれ変わりについて、どうすべきかということを教えてくれることもあるのだそうです。
いわゆる「地獄」という世界が存在するわけではありませんが、死後に、各人に 指導役の意識体たちは、今終えてきたばかりの人生を回顧するようにうながし、 そのビジョンを見ながら、終えてきた人生における後悔や罪悪感、自責の念が、
とっての「地獄」があるとすれば、それは、反省のために自分自身の人生を振り返る瞬間の心の状態のことです。
目の前でパノラマのように、その一生のビジョンを見せてくれます。
心の底からわき上がってくるのです。
被験者たちは、人生を回顧するこの瞬間を思い出しながら、催眠状態のままで、見るも
無残なほど苦悶し、悲痛の涙にくれるそうです。
なぜなら、終えてきた人生で他人に与えた苦しみが、あたかも自分がその苦しみを受けるかのように身にしみるからです。ある被験者は、この瞬間のことを、次のように
表現しています。
「まるで、人生を描いた映画の内部に、入り込んでしまったかの様です。人生の
一瞬一瞬が、実感をともなって再現されるのです。何もかも、あっという間に」
この、人生を再現するビデオテープのようなビジョンから、意識体としての私たちは、何ひとつ漏らさないように全ての意味をくみ取り、厳しく自己分析を進めていきます。
この時になって、私たちははじめて、自分が間違った選択をして幸福を棒にふった時の
こと、他人を傷つけてしまった時のこと、命にかかわる危険の間際にあって助かった時の
ことなどを、ようやく理解していくのです。
例えば、IBM社に勤務するマイケル・ギャランダー博士は、ホイットン博士の被験者となって過去生をさぐった時、十字軍にも参加した中世の騎士であった、ヒルデブラントという
名前の人生を思い出しました。
ヒルデブラントは、「立派な王になって国境のない国をつくりたい」という理想に燃え、そのための試練を抱えて生れていったにもかかわらず、人生の途中で次第に堕落し、追い詰められ、終には残虐な行為で多くの人々を苦しめるまでになったのです。
そのヒルデブラントとして生きた人生を終えた後、指導役の意識体の前で人生を回顧しながら、ギャランダー博士は、催眠状態で声をあげて泣きはじめました。
「一体何が見えるんですか」というホイットン博士の問いかけに対して、ギャランダー博士は、罪のない母と子を槍で刺し殺した時のことなど、ヒルデブラントとして犯した様々な悪行を語りました。
語りながら、ギャランダー博士は胸のつぶれるような激情にかられ、益々激しく声をあげたそうです。彼の自責の念はあまりにも強く、慰めようもないほどだったと、ホイットン博士は報告しています。
困り果てたホイットン博士が、再び「何がみえますか」と尋ねると、ギャランダー博士は、
ぽつりぽつりと、苦しそうに答えました。
「真っ暗で、何もみえません……できたはずのことが山ほどあったのに、私は何もしませんでした……善行を積むことができたはずなのに、何もしなかったんです……」
ホイットン博士は、このような数々の事例研究を基にして、次の様に結論づけています。
「中間生に戻って終えてきた人生を見せられ、後悔を体験することは、一種の地獄を体験することと同じである。自分の犯した罪が、言い訳も理由付けもすべて剥ぎ取られて、生々しく醜い姿をさらけ出すからだ」
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退行催眠の被験者や臨死体験者の証言によると、私たちの誰もが、人生を
再現するビジョンを見せられながら、終えてきた人生における全ての言動の
説明を求められます。
そして、そこで問題とされるのは、私たち一人一人の誠実さ、道徳性のみだ
そうです。
言い換えれば、例えば有名な大スターや、大企業の社長や、総理大臣になったとしても、その人生で多くの人を裏切り、傷付けてしまった場合には、悶え苦しみながら深く反省することになります。
- 人生の自己評価(3) 悲痛と恥の涙
「光の存在が私を包み込むと、私の全人生の回想が始まった。ダムが崩壊し、脳裏にしまいこまれていた記憶が、全部あふれ出したような感じだった。この人生の回想は、楽しいものとは言えなかった。はじめから終わりまで、私は
胸の悪くなるような現実を突きつけられることになった。私は、実に嫌な人間
だった。利己的で、意地の悪い男だった。」 - 人生の自己評価(4) 終えた人生の回想
更に、ベトナム戦争に参加して、敵兵を射殺した場面を次々と思い出した彼は、その時の心境をこう語っています。
「私は引き金を引き、ライフルの反動を身体に受けた。一瞬、間をおいてから、彼の頭が吹き飛び、その身体ががっくりと倒れこんだ。当時、私が実際に目にした光景は、そういうものだった。
ところが、回想した時は、私はその北ベトナムの大佐の視点から、この事件を体験していた。
彼が受けたはずの身体の痛みは感じなかったが、自分の頭がふき飛ばされた時の彼の混乱と、身体を離れ、もう二度と家に帰れないだろうと気づいた時の、彼の悲しみを感じ取った。
そして、感情の連鎖反応が起こり、一家の働き手を失ったと知った時の、彼の家族の悲痛までもが伝わってきたのだ」
しかも、自分が直接に手を下したわけでもなく、自分が輸送した武器によって多くのベトナム人が殺される光景や、父親が殺されたと知って泣き叫ぶ子供
たちの姿を、徹底的に「光の存在」から見せられます。 - 人生の自己評価(5) 人間関係の因果応報
この証言は、人生という学びの機会を通じて、いわゆる「因果応報」の法則が働いていることを示しています。
つまり、
「自分が誰かを傷付けると、いつか必ず、自分も誰かから同じくらい傷付けられ、逆に自分が助けてあげると、いつか必ず、自分も誰かから同じように助けてもらえる」、
という法則です。
必ずしも、自分が傷付けたり助けたりした同じ相手から返ってくる訳でなく、
一見すると全然無関係の人から返ってくることも多いものの、それでも目に
見えないところで深くつながっています。