(仮説3)人生とは学びの学校である
「人生とは、死・病気・人間関係などの様々な試練や経験を通じて学び、成長するための学校(修行の機会)であり、自分自身で計画した問題集である。したがって、人生で直面する全ての事象には意味や価値があり、全ての体験は、予定通り学びの過程なのである」
このような仮説を、人生を前向きに生きるための道具として活用すれば、
全ての責任を自分に求めることによって、かえって
「誰のせいでもないのだ」
「自分はほかの人から被害を受けている訳ではないのだ」
「全てのことは、自分のために起こっている、順調な出来事なのだ」
という、安堵感・納得感を得ることができます。
そして、思い通りにならないことにも大きな意味や価値があることを知り、人生の
目的が「成長」であることを理解すれば、一部の人しか得ることができないような
快楽、物質的成功、地位、名誉、金銭などが真の目的ではないことに気付き、
人生での精神的成功が、誰にでも保証されるのです。
このように考えれば、私達の人生から、挫折や不運や失敗という言葉が、全て消えてしまいます。
その時点で挫折や不運や失敗のように見える出来事であっても、長い人生計画の中では、どうしても必要な経験であったり、あとで考えると幸運であったりするものばかりなのです。
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